明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常48 梅毒とその治療

こんにちは。

 

天気予報によると、明日あたりから冷え込んで、一気に季節が変わるようですね。東京では、来週にも木枯らし1号が吹くかもしれない、ということです。

一年の中で多分もっとも体調を崩しやすい季節です。皆さん、気をつけてお過ごしください。

さて、今回はいきなりインパクトの強いタイトルで申し訳ありません。べつに、私が梅毒にかかったという話ではありませんので、ご心配なく。

 

音楽にさほど興味のない方でも、作曲家シューベルトの名前はご存じでしょう。誰でも聴いたことのある有名な曲としては、「野ばら」「魔王」「冬の旅」「ます」などが挙げられるでしょうか。

この人、1797年にオーストリアのウイーン郊外に生まれ、1828年に亡くなっています。つまりわずか31年の生涯だったわけです。ちなみに、有名作曲家には若くして夭折した人が結構いて、モーツアルトは35歳、ショパンは39歳で亡くなっています。

さて、このシューベルトです。その死因は色々と推測されているのですが、その最も有力な説が「梅毒」なのです。(余談ですが、彼がいつどこで誰から梅毒をうつされたのかも、ほぼ確定しているそうです。まったく余計なお世話だと思うのですが・・・有名人になんてなるものじゃありませんね。)ただ、当時梅毒という病気はかなりヨーロッパ中に広まっており、その感染者は大変多かったと言われています。有名な人では、例えばベートーヴェンニーチェシェークスピアゴッホシューマン、ハイネ、ホフマン、ボードレールモーパッサンオスカー・ワイルド等の名前が挙がってきます。(ただし、この全員の死因が梅毒だったというわけではありません。)

それだけ、この当時の衛生観念がきわめて貧弱だったということでしょう。そしてそれ以上の大きな問題が、その治療薬として水銀が広く使われていたことなのです。水銀製剤は、それこそ数百年にわたって、梅毒に限らず、気分の落ち込み、便秘、インフルエンザ、寄生虫などどんな症状であれ、「効く」と信じられていたのです。とくに、16世紀から19世紀初頭まで愛用されていたのが、カロメルと呼ばれる水銀の塩化物のひとつで、これを服用すると、胃がムカつくことがあり、強力な下剤効果を発揮し、物凄い勢いで腸の中身がトイレに流れていくそうです。また、口からも大量の唾液が分泌されるのです。これは、明らかな水銀中毒の症状なのですが、当時は。唾液に混じって大量の毒素が流れ出していると考えられていたのです。確かな記録はありませんが、シューベルトもこれを服用していたと考えるのが自然であり、そのことが彼の死期を早めてしまったことは十分に推察できるのです。彼の主治医だった医師の残した著作には、梅毒性の発疹を水銀の軟膏を塗布することによって治療する方法が大きく紹介されていますから、まず間違いないでしょう。たしかにこの療法はほんの一時的に痛みを和らげる効果はあったようですが、その後の苦しみは前述の通りなのです。

つまり、現代医学からみれば明らかな毒物を、多くの医師が率先して治療薬として利用していたことになるわけです。唾液が1.5リットル以上分泌された状態を水銀の適度な服用量とみなしていた著名な医学者もいたそうですが、まさにトンデモ医療の典型例と言ってよい代物だったのですね。水銀中毒がいかに悲惨な事態を招いてしまうかは、1950年代から60年代にかけて日本でもっとも大きな公害問題となった水俣病の例を見ても明らかです。

私はこのブログの中で、過去何回か、現代科学的に正しいと思われている治療法や薬だって後世になればどのようにその評価が変わっているかわからない、という趣旨のことを書いてきました。ここで紹介した水銀治療は、そのような例のひとつとして位置づけられるのです。

ただ、だからと言って現代医学の発展の成果を信じるな、という気は毛頭ありません。医療関係者側も、患者側も、100%安全で、確実に「治る」ような治療法は存在しないのだ、ということを理解したうえで、日々の治療に臨む必要がある、ということなのです。

重篤な病気に罹患した患者やその家族は、身体だけでなく精神面での健康も含めて、かなり不安定な状況に陥りがちで、藁にもすがりたい、何でも良いから頼れるものが欲しい、という気持ちになってしまいがちです。そのこと自体はある程度やむを得ないのですが、冷静な判断能力を失ってしまうことがもっとも怖いのではないだろうか、と私は思います。

どんなに万全な治療体制をとったとしても、そこに思わぬ大きな落とし穴が開いている可能性は常に否定できません。私たちは、そのことだけはきちんと認識し、了解したうえで、医師に自分の体を預けなければならないのです。

 

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。