明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常97 ロシア料理店「キエフ」

こんにちは。

 

すっかり春らしい陽気になってきましたね。というか、日中は少し汗ばむような気温の上がり方です。でも、朝晩はまだ冷え込むこともありますので、こんな時こそ、体調の変化には気をつけたいものです。オミクロン株は「BA2」が幅を利かせているようですし、さらには

新たな変異株「XE」が出てきているようなので、既にワクチンを接種していても、要注意ですね。

 

さて、ウクライナをめぐる状況は、やはり泥沼化の様相を呈しているようで、なかなか着地点を見出すことができません。最近は、ロシア軍の爆撃によるものとされる被害の実態が次々と明らかにされ、さらには、まるでナチスを思わせるような惨殺行為によって、大変多くの人が犠牲になったという報道も、ショッキングな画像と共に流れてきています。しかし他方で、ロシア側はこれをすべてフェイクであると主張し、国連等の公の場でも猛然と反論を繰り返している状況です。ロシア側に圧倒的に非があるというのが、日本に限らず、多くの国における一般的な見方ですが、他方、ウクライナが発信している情報について一切懐疑的になることなく、すべて信じてしまうのも、問題かもしれません。なにより、ロシアを「悪者」として批判し、制裁を加えようとするだけでは根本的な解決への道のりは遠いことを考えておく必要があります。私達は、こういう時だからこそ、どこまで客観的に物事を見ることができるのかが問われるのでしょうね。

そんななかで、ウクライナの首都名の日本語表記を「キエフ」から「キーウ」に変更することが政府によって決定され、マスコミの表記もあっという間に変わりました。もちろん、「ウクライナの都市名なのだから、ウクライナ語に即するべきだ」という主張は至極真っ当ですが、それならば、他の国名や都市名でこのようなこと(ねじれ現象)が起きていないのか、改めて検証する必要があると思います。人名もそうなのですが、基本的に、固有名詞はそれを名乗っている当事者が希望する発音に準じて読み仮名(カタカナ)がふられるべきなのです。

さて、そうした一般論はとりあえずさて置くとして、キエフがキーウに変わったことで戸惑っている方もいらっしゃいます。

京都に「キエフ」という名前のレストランがあります。開業は1972年。歌手の加藤登紀子さんのお父さんが立ち上げられた店で、ロシア料理の店として、関西では長い間親しまれてきました。キエフという店名は、1971年に京都市キエフ市が姉妹都市提携したことにちなんでいます。実は私はこの店、1970年代から知っていて、何回か家族で訪れたことがありました。キエフスキー(キエフ風カツレツ)とかペリメニ(ロシア風の茹で餃子)など、他ではお目にかかれない珍しいメニューがあったので、よく覚えています。その後、京都で合唱団に入っていたときには、時々そのメンバーと一緒にこの店を利用したこともあります。(今はなくなっていますが、一時はバーも経営されていて、そこにもよく行きました。)

ロシア料理とウクライナ料理というのは、それこそ兄弟のようなもので、ルーツが同じものもたくさんあるようです。例えば、ロシア料理の代表と思われているボルシチは、実はウクライナ発祥のようです。国境とは無関係に、この地域全体で文化交流が進んできたのですから、これは当然ですね。

そういうわけなので、この店は、ソ連崩壊とウクライナ独立以降も、ロシア料理の店として、変わることのない味を提供してきたのです。現在のオーナーは、登紀子さんのお兄さんですが、「国境で隔てられていても、この地域の総称としてのロシア料理だ」という意識で店を続けておられます。そして店のスタッフにも、ロシア出身の人とウクライナ出身の人が混在しているそうです。また、2014年のロシアによるクリミア侵攻後は、両方に友人のいるオーナーの「仲良くしてほしい」という強い思いを店名に込めてきたそうです。

今、この店のホームページを見ると「京都で本格的なロシア料理とウクライナ料理を味わえるお店です」という表記があります。これまでの経緯からすれば、本当はこのように両国名を併記するのは、本意ではないかもしれません。しかし、世の中の風潮は、「総称としてのロシア料理」という位置づけを許してくれないのかもしれません。ひょっとすると、「どうしてもロシア料理を出したいのなら、ロシアの地名を店名にしろ!」といった苦情や問い合わせが寄せられているかもしれません。それを抑えるには、こうした表現にするしかないのです。キーウという名称を使うかどうかも含めて、オーナーの悩み、苦しみはまだまだ続くのでしょう。

今、現地で起きていることと比較すれば、今回ご紹介したことはほんの些細なことです。しかし、ひとつの国が暴走することによる影響は、民間レベルの隅々にまで及んでしまうこと、そしてほとんどの人はこうした争いが一刻も早く終結し、地域を超えた交流が活発になる事を望んでいる、ということを、施政者には忘れてほしくないものです。

 

今回も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。