明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常106 その道は選んでほしくなかった

こんにちは。

 

このブログの第70回の投稿(2021年12月19日)で、神田沙也加さんのことを取り上げました。まだまだ自分で切り拓ける未来の選択肢がたくさんあったはずの若い彼女が、決して後戻りのできない道を選んでしまったことを大変切なく思いながら、その文章を書いたものです。

これに対して、60歳台に入った、私とほぼ同世代の方が同じような道を選んでしまう、というニュースに連続して接すると、神田さんの時とは少し違った、もっと心の奥底が締め付けられるような苦しさにおそわれるものです。

人は誰でも多かれ少なかれ悩みを抱えているものです。そしてそれは、決してひとつではないだろうと思います。ただ、その悩みのモトが比較的はっきりしていて、その数もさほど多くないときには、自力で、あるいは他人の力を借りながら、解決していくことはある程度可能だと思います。

しかし、悩みが幾重にも重なりあい、それらが互いに関連しあっているために、到底そこから抜け出すことができないように思えてしまった時、人は絶望してしまうのかもしれません。ちょうど、糸が複雑に絡み合い、こんがらがってしまい、ほどけなくなった状況に似ているかもしれません。そのような時、無理やり糸を引っ張っても決してほどけることはありませんよね。落ち着いて、ひとうひとつの結び目を丁寧にほどいていけば、時間はかかっても、必ずなんとかなるはずなのですが、絶望の淵に追い込まれた人にそのような余裕があるはずはありません。

ましてや、人生も後半戦、終盤戦に入った年齢になってくると、「どんなにがんばっても、この先報われる事なんてないだろう」と思ってしまうのも無理はないことなのかもしれません。

ですから、後戻りできない道を選んでしまった方には「ゆっくり休んでください」としか言うことができません。

ただ、それでも「生きていく」という選択をする方を、私は尊いと思います。未来に対して、いくつもの可能性を残しながら、少しでも満ち足りた人生を求めてもがいていく姿勢は、同時に、それまでの人生をき見据え、肯定するべきところをきちんと肯定するものであり、とても気高い行為だと思えるからです。

人生は、あくまで一人ひとりのモノですから、他人のそれと比べることはできません。それでも、あえて書かせてもらえれば、病気で死の淵をさまよったことのある私のような人間には、自分で幕を下ろしてしまった方とは少し異なる死生観があるような気がするのです。

前出の神田沙也加さんに関する投稿の中で、私は、亡くなった方が後で後悔するような住みよい世界を作っていくしかない、と書きましたが、その思いは今も変わっていません。ですから、戦争なんかをしている場合ではない、と強く思う次第です。

 

今回は、大変湿っぽくなってしまい、失礼しました。

末筆となりましたが、渡辺裕之さん、上島竜平さんのご冥福をお祈りいたします。