明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常133 2022年の終戦記念日に寄せて

こんにちは。

 

8月15日は終戦記念日ですね。毎年思うことなのですが、真夏のじりじりと焼けつくような太陽と戦争が終わったという虚無感、そして戸惑い。1945年に生きていた人々は、それらをどんな気持ちで受け止めていたのでしょうか。それまで「戦争」が日常であったわけですから、爆撃や空襲警報が明日からなくなる、と言われても今一つピンとこなかったかもしれません。少なくとも、すぐに「よかったよかった」と手放しで喜ぶ気持ちにはなれなかったでしょう。もっと困惑したのは、おそらく職業軍人や、召集令状によって戦場に赴いていた人達でしょう。これからいったい何を生活の基準にしていけばよいのか、誰も教えてくれません。その答えを自分で見出すのにはかなり時間がかかっただろうと思います。

長期間続く戦争というものは、それぐらい人々の感覚を麻痺させ、あるいは狂わせてしまうものではないでしょうか。好き好んで人を殺したり、あるいは殺されたりする人はほとんどいないでしょう。しかし、戦争という日常の中ではそれが次第に当たり前の出来事になってしまい、生活のすべてがそれを中心に回っていくようになる、というのは恐ろしい話です。そういった意味でも、ウクライナにおける戦争が一日も早く終結することを祈るばかりです。これまでの経緯や歴史的背景を理解できないわけではありませんが、プーチン大統領はもちろん、ゼレンスキー大統領にも、今苦しんでいる人達を救うために何が必要なのか、戦後国を立て直すための道筋はどのように設計するのか、という観点をもっと持ってほしいものです。

 

北山 修さんという方をご存じでしょうか。学生時代にフォーク・クルセイダーズというグループを結成し、「帰ってきたヨッパライ」というコミック・ソングで大ヒットを飛ばしたフォーク・シンガーですが、作詞家としても人並外れた才能を発揮し、「風」「花嫁」「あの素晴らしい愛をもう一度」「白い色は恋人の色」など、1970年代前半には次々とヒット曲を手掛けています。しかし、この人の本職?は精神科医、心理学者で、長らく九州大学教授を務められていましたし、現在は白鴎大学学長だそうです。

この方の代表作として上に挙げたもの以外で有名なものに「戦争を知らない子供たち」があります。

 

戦争が終わって僕らは生まれた

戦争を知らずに僕らは育った

 

彼は、この詞について、「これは1945年8月15日以降に生まれ、育った」ということを歌っているだけで、それ以上の意味は込めていない、と語っていますが、当時は、「反戦歌なのに軟弱」という批判も浴びたりしました。しかし、今でも多くの人が知っているように、大ヒット曲として歌い継がれています。

私は、この詩を深堀するつもりはありません。ただ、気がつくと日本は75年以上も本格的な戦争を経験せずに時を重ねてきたこと、そして戦争を知らない世代がどんどん増えてきたということには大きな意味があると思います。「戦争に怯えなくてよい日常」がどれほど貴重でありがたいものなのか、この機会に考え直してみるのも良いかもしれませんね。そして、今この瞬間にも、戦争のために傷つき、苦しんでいる人達が世界中に何百万人という単位で存在している、ということは忘れてはいけないのです。

実は、北山さんは私が通っていた高校の大先輩にあたります。年齢は離れていますので、まったく面識はないのですが、この人のエッセイや詞には、昔から一種のシンパシイをもって接してきています。この高校はいわゆる進学校なのですが、非常に自由な校風で、卒業後の進路もさまざまです。そして、北山さん以外にもミュージシャンとなった人が複数います。その中で、現在でも関西を中心に活動し続けている人に、豊田勇造さんというフォーク・シンガーがいます。この人は北山さんよりもさらに年上なのですが、若い時から今に至るまで、非常にアグレッシブな活動を続けており、優しい曲も、激しい曲も、たいていフォーク・ギター一本で歌っています。いわゆる大ヒット曲には恵まれていませんが、長く愛されているシンガーの一人です。

彼の代表曲のひとつに、「大文字」というのがあります。

 

男の背中で 大の字に山が燃える

男の手の中の ハチドリよ ブンブン飛べ

さあ もういっぺん さあ もういっぺん

火の消える前に

 

この曲は、豊田さんがあるライヴに出演した時、前後に演奏していたのがロックバンドであったために、ギター一本で演奏する彼に激しいヤジが飛ばされ、それでも歌っていこうと決意した時のことを歌にしたものだそうです。

そう、終戦記念日の翌日、8月16日は京都では大文字の送り火があります。(正確には五山の送り火) ご存じの方も多いと思いますが、これはお盆で帰ってきていた精霊が再び冥府に旅立っていくのを見送る儀式として、京都ではなくてはならない行事となっています。亡くなった方々を静かに見送るとともに、この世で生きている私達は「もういっぺん」生きていこうと心に誓う。そんな気持ちを湧き立たせてくれる曲だと思います。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。