明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常137 エスカレーターは右?左?

こんにちは。

 

さて、今回はいきなり本題に入りましょう。前回に続いて、まずは二択の問題です。

 

あなたはエスカレーターに乗るとき、左右どちらに立ちますか?

 

東京近郊にお住まいの方なら左側、大阪近郊にお住まいの方なら右側と答えるのが普通でしょうか?(全国的には、左側派が多数のようです。) でも、最近は、「エスカレーターでは2列に並んで」とか「歩かないでください」という掲示が、駅や商業施設では目立つようになりました。埼玉県では、2021年10月から「エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」が施行されているほどです。この条例を見ると、以下のようなことが記されています。

利用者の義務(第5条)

  立ち止まった状態でエスカレーターを利用しなければならない。

管理者の義務(第6条)

  利用者に対し、立ち止まった状態でエスカレーターを利用すべきことを周知しなければならない。

この条例には罰則規定はありませんが、それにしてもこれだけはっきりした文言で定められているということは、それだけ、エスカレーターの乗り方(片側を空ける)をめぐっての事故やトラブルが多発しているということでしょう。

なぜ、これが社会問題化しているのでしょうか。そして、「片側を空けて、急ぐ人が歩いたり走ったりできるように便宜を図る」ことのどこに問題があるのでしょうか。

理由の第1は、歩くことが危険につながりやすいということです。エスカレーターのステップはたいてい金属製ですので、滑りやすく、雨の日や靴の状態によっては、転落事故が発生することがあります。また、それに巻き込まれてしまう人も出てきます。

第2に、例えば立ち止まっている人がショルダーバッグ等を持っていたりすると、後ろから歩いてきた人と接触し、それがトラブルになることも考えられます。また、子供の手を引いて乗っている場合は、片側だけしか使えないとなると大変窮屈で不便です。さらに、身体的な障害等の理由によって、片方の手しかベルトにつかまれないという方も、困ってしまいます。つまり、左右どちらを空けるにせよ、それは例えば高速道路の追い越し車線のように、前の人を追い越すことを優先的に認めることにはならないのです。

第3にそもそもエスカレーターの構造は、歩いたり走ったりすることを想定して作られていません。そのような人が多くなると、余計な負荷がかかってしまい、故障につながりやすいという事情があります。また、立ち止まる人が多数の場合、片側だけに大きな負荷がかかってしまい、これもまたエスカレーターの寿命を縮める原因となるようです。

こういった理由を踏まえて、日本エスカレーター協会は下のようなステッカーやポスターを作り、啓発に努めています。

(日本エスカレーター協会のサイトより引用)



もちろん、こうした動きに対しては、反発もあります。

「そんなことを言っても、急ぎたいときはあるのだから、歩くことを認めてほしい」というものや「条例まで作る必要はないのではないか」というのが主なものだと思います。

ちなみに、日本でエスカレーターを歩くということが習慣化したのは、1960年代後半、大阪にある阪急電車梅田駅から梅田交差点に向かう途中にある「動く歩道」ができた頃からではないか、と言われています。この「動く歩道」、私も何度も利用していますが、そんなにスピードが出るものではありません。横にある普通の通路を歩いている人の速度の方が早く、思わずその遅さに毒づく、という気持ちはよくわかりますし、私自身、そうしたことからこの上を歩いたことがあります。

その後どうやって全国に広がっていったのかは不明ですが、「片側空け」はその拡大の中で自然発生的にルールとなったのでしょう。ただ、どうして東京と大阪で反対になったのかは、まったくわかりません。

ちなみに、京都は、大阪に近いため右側に乗って左側を空けるのが一般的か、というと必ずしもそうではありません。他地域からいらっしゃった観光客が多いせいか、かなり混乱が見られます。皆さん、しょうがないので前の人にならう、という利用の仕方をしているのです。

さて、このあたりで私自身の考えを書いておきましょう。私は、日本エスカレーター協会の示唆にしたがって、立ち止まって乗ることが妥当だと思っています。両側を使った方が、結局エスカレーターに乗るために待つ人の行列は短くなり、効率的な運用ができると考えていることもひとつの理由です。そのような立場に立った時、どうしても急ぎたい人は、どうぞ、自己責任で階段を駆け上がってください、ということになります。ただ、これもまた、異論が出てくるかもしれませんね。

ただ、では皆さんが片側を空けて乗っている所で、あえて空いている方に立ち止まって乗るか、というとそのような勇気は持ち合わせていない、というのが正直なところです。まだ「歩かない」ことが十分に浸透していない状況では、自分一人が立ち止まることによって、余計なトラブルに巻き込まれたくない、という気持ちが働くからです。つまり、多数派の行動に従って、自分が損失を被うることを回避しているわけですね。

こういった行動は、行動経済学の中で「プロスペクト理論」とか「損失回避バイアス」といったキーワードである程度説明できるものです。その詳細については今回は割愛しますが、マスコミ等でよく使われる「同調圧力」も似たような概念ですね。

秩序ある社会生活を維持していくためには、こうした行動は必ずしも悪い物ではありません。ひたすら自己の主張を押し通そうとする行動は、周囲とのあつれきを生むばかりで、何ももたらさないこともあるからです。ただ、それが行き過ぎると、「誰も自己主張しない、そして責任を取らない社会」へとつながってしまう恐れもあります。

たかがエスカレーター問題ですが、意外に深い問題なのかもしれません。

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。