こんにちは。
先日、現代日本を代表する言論人、小説家の訃報が立て続けに流れてきました。お一人は評論家の山田五郎さん、享年67歳。死因は原発不明がん。もうお一人は、ミステリー作家の東野圭吾さん。享年68歳。死因は大腸がんだそうです。お二人は私とほぼ同世代。しかもがんで亡くなったということで、個人的にはかなり大きなショックを受けています。とくに山田五郎さんに関しては、彼が「タモリ倶楽部」という深夜時間帯のテレビに初めてで出演された頃から、その溢れる知性に裏打ちされた軽妙な語り口に注目していただけに、もう彼の洒脱な美術解説が聞けないと思うと、その喪失感は決して小さなものではありません。幸い、彼は「オトナの教養講座」というYouTubeチャンネルを開設しいて、これまでに多くの投稿がなされていますので、それらを見直しながら、故人を偲びたいと思っています。
また、東野さんに関してその膨大な著作の数々を前に、これまでさほど熱心な読者ではなかったことを恥じ入るばかりです。ですから、これから少しずつ手に取っていく所存です。
それにしても、お二人とも、亡くなる直前まで仕事に打ち込んでおられたようで、体調が悪い中での仕事への執念には感服するばかりです。しかし同時に、健康状態の把握よりも仕事を優先していたとしたら、とても残念だと思わざるを得ません。もちろん、「好き」がそのまま仕事になったような経歴の方たちですから、仕事とプライベートをきちんと区別することは難しかったのかもしれませんが、それにしても、もう少しバランスを取って、もっと長く活躍して頂ければ、と考えてしまうのは私だけではないでしょう。
今はただ、お二人のご冥福をお祈りいたします。
さて、今回紹介する映画は上に書いたことと、少し関連するかもしれません。映画のタイトルは「急に具合が悪くなる」(監督・脚本 濱口竜介)です。この映画には原作があります。それは、がんの転移を抱える哲学者・宮野真生子さんと、医療人類学者・磯野真穂さんによる同名の往復書簡です。この書籍に大きなインパクトを受けた濱口監督は、原作者と交渉の末、その「魂ごと引き受ける」形で、まったくオリジナルの脚本を執筆することになったそうです。したがって、この映画、内容的には原作とはまったく異なるものなのです。ただ、両者には「人は死に至るかもしれないという病を前にして、いかに生きていくのか」ということを正面から問いかけている、という共通点があります。それが濱口監督の言う「魂」なのです。
それはともかく、映画の簡単なあらすじから。
パリ郊外の介護施設「自由の庭」で施設長を務めるマリー=ルー・フォンテーヌは、「エマニチュード」と呼ばれるケア手法の導入に熱心です。入居者を人間らしくケアすることを目標とするこの手法、最終的には、あらゆる入居者が「自分の足で歩く」ことを目標とします。考えてみれば、私達は寝たきりにでもなってしまわない限り、誰の手も借りずに自分の足で歩き続けることは大きな理想ですよね。しかし、これには大きなリスクが伴います。いつ転倒するかわからない人達に対しては、スタッフはいつも目配りをしなければなりません。それはとてつもなく手間のかかる作業であり、ただでさえも人手不足に悩まされる施設にとっては、実現困難な手法と言わざるを得ないのです。悩み続けるマリー。そんな中、ふとしたきっかけで、日本人の舞台演出家・森崎真理と出会ったマリーは、がん闘病中の彼女が演出する演劇に勇気をもらいます。また、真理が演出した一人芝居を演じる清宮五郎の姿にも深い感銘を受けるのです。
マリーと真理。同じ名前の響きを持つ偶然に導かれて交流を始め、夜を徹して、互いを理解するようになります。いささか陳腐な表現になるかもしれませんが、彼女たちの友情はかけがえのないものとして育っていくのです。しかし、あるとき真理は急に具合が悪くります。もともと乳がんのステージ4と宣告されていたのですから、真理にとっては覚悟のできていたことであり、医者からは緩和病棟への入院を勧められます。「あなたの場合は、一度具合が悪くなれば、後はとてつもなく進行が早くなる危険性が高いですよ。」
しかしマリーはそんな真理の様子を見て、それまでよりも深い友情を感じ、最後の瞬間まで彼女が彼女らしく生きることができるように、自分の施設へ来ることを勧めます。施設でワークショップを開催するなど、自分のできることに取り組んでいく真理。しかし病気の進行は待ってはくれませんでした・・・
日本語とフランス語を交えた彼女たちの対話は、さまざまな分野に及び、とても興味深いものです。資本主義の本質とは何なのか、という講義のような場面があると思えば、これまでのキャリアの中での女性としての悩みや喜びを話し合ったりもします。マリーが進めるエマニチュードについても丁寧な解説が行われます。感性がとても似通っている彼女たちの出会いは運命的なものだったのかもしれません。しかしその関係は決して重くウエットなものではなく、ドライとまでは言えませんが、サラサラした手触りのものです。そのことがこの映画を独特の心地よいものとして成立させているのです。
ただし、二人の友情を直線的に描いていることだけが、この映画のメインテーマではありません。前述のエマニチュードをめぐる施設スタッフの感情の揺れ動きやスペクトラム自閉症の少年の自然なふるまいとそれに対する周囲の暖かい眼差し、精神病院という存在とそこに入院している患者たちの思い等、それ自体とても深いテーマがいくつも盛り込まれています。そのため全体の上映時間は3時間を超えており、「長すぎる」というコメントも散見されるようです。しかし、これらのテーマはバラバラに散りばめられているわけではありません。あくまで全体のテーマは「人間にとって本当に生きるとはどういうことなのか」であり、出演しているすべての人にとって、それがさまざまな形で問われ、また、それに対して応えていこうとする姿勢がみられるのです。ですから、この上映時間にはしっかりした意味があり、それだけ濱口監督の熱い思いが込められているのです。ですから、私にはすべてのシーンが必要なものだったと感じられ、決して退屈するようなことはありませんでした。繰り返しになりますが、それらが決して重々しくならないように描かれているところに、監督の秀でた手腕がうかがわれるのです。
ただ、タイトルだけを見ると、主人公が壮絶な闘病生活を送るのではないか、映画の主題はそこにあるのではないか、と誤解してしまう人もいらっしゃるかもしれません。実際に真理がベッドで苦しむ様子は、ほんの少ししか出てきませんし、臨終場面もありません。真理が医者の勧めにしたがって、緩和病棟に入っていたら、闘病生活メインという捉え方も間違いではない、というような内容の映画になっていたかもしれません。しかし真理はそれを選ばなかった。あくまで「どう生きるのか」が大事だったのです。
なお、キャストの中で、日本人は真理を演じた岡本多緒さん、一人芝居を演じる役者清宮五郎を演じた長塚京三さんのフランス語が達者のことには舌を巻きました。また、マリーを演じたヴィルジニー・エフィラさんの日本語もすばらしいものでした。この人達のキャスティングが、この映画の成功の大きな要因であることは間違いないでしょう。
扱っているテーマは決して軽々しいものではないし、上映時間は長い映画ですが、見終わった後の感覚は、なんだかホッとさせられるような、爽やかなものでした。

追記
YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」の最新版(そしておそらく最終回)が公開されています。テーマは「メメント・モリ」つまり「死を想え」です。今回紹介した映画と併せて鑑賞することをお勧めします。
https://www.youtube.com/watch?v=DMe_hWiAp50
今回も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



































