明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常144 ロシアは国民総動員で突き進むのか?

こんにちは。

ロシアのプーチン大統領が、ついにウクライナの東部と南部の4州の併合を宣言しました。そして、これらの州をロシアの領土として、「あらゆる手段を使って守る」と述べたそうです。もちろん、国際的にはこうしたほとんど一方的な併合宣言は正当なものとは認められないでしょうし、ウクライナも黙っているはずがありません。事実、ウクライナのゼレンスキー大統領は、今回のロシアによる侵攻当初からひとつの焦点と見られていたNATOへの加盟申請を表明し、ロシアに対して強い牽制を行った形です。いよいよこのような事態まで来てしまったか、と思うと、本当に気持ちが沈みます。

 

ところで、1970年前後にアメリカで大ヒットしたミュージカル「へヘアー」をご存じでしょうか。当時アメリカは長く続くベトナム戦争に対する反発と忌避感がとくに若者を中心に渦巻いていました、ヒッピー・ムーヴメント、フラワー・ムーヴメントに代表される新しい価値観が生まれ始めていた時代でもあります。これに学生運動公民権運動が結びつくことによって、社会全体が混とんとしていたのです。物語の詳細はネタバレになってしまいますので書きませんが、この物語の主人公はそんな時代に地方から都会へやってきて新しい文化や考え方に刺激を受け、これまで接したことのなかった新しい仲間との交流を深めていきます。しかし、そんな彼に召集令状が届くのです。仲間たちの反対もあり、かなり戸惑いながらも結局兵役につこうとする彼と、仲間たちの心情・葛藤が見事に描かれます。そしてラストではとんでもない展開が待ち受けています。戦争に一般市民が参加するということについて深く考えさせられる物語ですが、音楽は基本的にビートの効いたロックのサウンドで、ポピュラー音楽としても非常に優れたものとなっています。代表曲2曲をメドレーにした「輝く星座(アクエリアス)/レット・ザ・サンシャイン・イン」(フィフス・ディメンションによる歌)は大ヒットしましたので、曲を聴けば、誰でも聞き覚えがあることに気づくだろうと思います。。また、その後映画化もされていますので、何となく知っている方も多いのではないでしょうか。

もうひとつ。明治を代表する歌人である与謝野晶子の有名な歌に「君死にたまうことなかれ」があります。これは日露戦争当時に書かれたもので、彼女の弟さんが召集令状を受け取り、中国の旅順に出征したことを嘆き、「人を殺させるためにこれまで育ててきたわけではない」と諭すようにうたったものです。今でこそ、日本で始めはっきりと反戦を表明したものとして、肯定的に紹介されることが多いのですが、当時の日本の風潮としては、国民のすべてが戦争に協力していかなければならない、という考え方が非常に強く、この歌は猛烈なバッシングを受けることになります。彼女は毅然とした態度で反論しますが、下手をすると投獄されてしまうような行動をとることには、おそらく相当の勇気が必要だったでしょう。ただ、国民のすべてが戦争を望んでいたわけではありません。そうではなくて「自分が戦争に巻き込まれ、身内が亡くなってしまうかもしれない」という恐怖や絶望感にさいなまれているのに、正面から戦争に異議を唱えることに戸惑いいらだちを感じたということなのだろうと思うのです。

 

なぜ、このような作品を出したのかはお分かりですよね。言うまでもなく、プーチン大統領が30万にものぼる予備役の召集を命令し、これに治して、収集を逃れるために国外への脱出を試みる市民が続出しているというニュースに接したからです。また、居んs軸兵役を免れるためと思われますが、「腕の折り方」というキーワードがロシア国内における検索ランキングで急上昇したというニュースも伝わってきています。

もちろん、ロシア国民のすべてが戦争への参加を避けようとしているわけではなく、「いよいよ俺たちの出番だ」と抑えようのない高揚感を抱いている人々もかなり多いようです。しかし、いずれにせよ、徴兵あるいは召集というものが、一般市民の生活を大きく変えてしまうものであり、そのことに対するさまざまな感情の揺さぶり、動揺が広がっていることは確かでしょう。このブログでも採算書いてきましたが、戦争でもっとも大きな影響を受けてしまうのは、結局のところ、政治家や軍人ではなく、一般市民なのです。

 

現代の日本では、徴兵制はありません。しかし、調べてみると、徴兵制がある国は、近年になって復活させている国も含めて、意外なほど多数存在しています。その数は、国連加盟国の中で軍隊を有している国家の内の約3分の1に上るそうです。もちろん、国によってそれぞれ事情は異なりますので、徴兵制があるからといって、一概にこれを否定的に捉えることはできません。例えば、スイスでは2013年に徴兵制度存続の是非をめぐって国民投票が行われていますが、その結果は73%が廃止反対というものでした。これは永世中立国としての立場を守るためにはどうしても必要なものであるという意識が、国民に広く根付いている証拠でしょう。また、徴兵制といっても、その中身はかなり様々なものになっており、社会奉仕活動等をこの中に位置づけているウにもあります。つまり、必ずしも「軍隊に入る」ことだけを意味しているのではないのです。

たこのように、徴兵制そのものを一面的に捉え、論じることは危険です。しかし、少なくともそれが「戦場に派遣される可能性がある」というものであるならば、その人たちの生活は一変するものとして、常に暗い影を落とすことになる事は確かでしょう。そして、最悪の場合、一般市民同士が武器を向けあうということには、どんな理由があるにせよ、容認できることではないのです。

現在、ロシアの人々にとっては、国家の方針に少しでも反対の姿勢をとれば、戦場に送られてしまうという恐怖が現実のものとして自分の身に降りかかっています。これに毅然と反対することは、「日国民扱い」されてしまうというのも、戦争状態に陥った国々の恐ろしい状況です。

今一度、戦争でもっとも大きな痛手を被るのは一般市民であることを世界のすべての国が認識したうえで、それぞれ、もっともふさわしいと思われる平和への道筋を考えていくべきでしょう。

 

今回も、少し重い話題になってしまいましたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常143 国葬をめぐって

こんにちは。

 

安部元首相の国葬が終わりましたね。報道を見ていると、その内容以上に国葬が行われたことへの賛否をめぐる動きに時間が割かれているようです。個人的には、国葬という形式で行われたことには反対の立場なのですが、だんだん故人が可哀相に思えてくる始末ですよ。

私が否定的な立場をとる主な理由は、他の方とほぼ同様で、ひとつには手続きや法的根拠があいまいであること、そしてもうひとつは巨額の国費を使うことの是非です。

しかし、肯定派あるいは政府側から見れば、これらはそれぞれそれなりの根拠や背景があります。まず第一に、法的根拠等が不明確であるという点ですが、もともと国葬は制度として正式に定められたものではありませんので、ある程度あいまいさが残るのは止むを得ないのかもしれません。もっと言えば、日本において総理大臣は国家元首ではなく、国会議員の中から投票で選ばれたに過ぎません。そして「三権の長」‘内閣、国会、最高裁判所)の一人にすぎないのです。つまり、実態としては国を最高レベルで代表する人物であっても、制度としてそのような位置づけにはなっていないのです。このように、制度上の位置づけと実態が異なることが、あいまいさのひとつの遠因になっていると思うのです。例えば、エリザベス女王という国家元首国葬について、異議を唱えるイギリス人はいないですよね?

もう一点の費用については、高額すぎるという点とそもそも国費から出すべきではないという二つの論点が出されていますが、内閣が責任をもって決定したのなら、それに基づいてある程度の費用を内閣官房予算等から出費することは可能なのかもしれません。ただ、今回の費用は現在発表されているだけで約16億6000万円で、これはエリザベス女王国葬の費用である13億円をはるかに上回るものです。これでは、高すぎるという批判が出るのもやむを得ないですよね。(しかも、最終的にはもっと多額になるのではないか、と疑っている人が多いのが現実です。)

なお、費用の内訳は、警備費用が約8億円、外国からの要人接遇が約6億円だそうです。それぞれ、ある程度費用がかかるのは理解できますが、それでも「なんだかなあ」と思ってしまいます。ただ、この中で注目しておきたいのが警備費用です。今回の狙撃事件を受けて、警察や要人等の警備体制を大幅に見直したはずで、その結果がこの数字でしょう。だとしたら、今後さまざまな大きな催しがあるときの警備にかかる費用は、今回同様、大変大きなものにならざるを得ないのです。そして、私達はそのことを肝に銘じておかなければならないのでしょう。(誤解のないように付言しておきますが、私は警備なんか軽いものでよい、と言っているわけではありません)もちろん、どのような警備体制をとるのかはトップ・シークレットかもしれませんが、ある程度は費用の明細を公開するよう、求めていくべきではないでしょうか。

なお、今回の国葬は、警察にとっては、新たな警備体制のテスト・ケースとしての意味を持っていたことは明らかです。何事もなかったので、関係者はほっと一息ついているでしょうが、より効果的・効率的な警備体制の構築をめざしてほしいものです。

ところで、今回の国葬、ほとんどすべてのテレビで生中継をしていたようですが、最初から最後まですべてきちんと見た人はどのぐらいいらっしゃるのでしょうか。

今回の次第(流れ)はおおよそ以下のようになります。

・国歌演奏

・黙とう

・個人の生前の姿の紹介(映写)

・追悼の辞(内閣総理大臣衆議院議長参議院議長、最高裁判所長官、友人代表)

・皇室の方々による拝礼と献花

・主要参列者による献花

・御遺骨お見送り

よく言えばシンプルですが、あまりにも淡々と、そして粛々とした進行で、テレビの前で見ている側としては、長時間集中して見続けるのは、ちょっと辛いかもしれないな、というのが正直な感想です。実際、所要時間は予定よりも大幅に長引いてしまったようで、参列していた人からも、後刻ちょっとした不満が表明されたようです。

このあたりも、エリザベス女王の時と比べてしまいますね。ただ、国費を使っている以上、この儀式に宗教的な色合いを出すことは一切できませんし、演出も控えめにせざるを得なかったでしょう。国費を一切使わなかったら、もっと個人の人となりをクローズアップできるような儀式にすることも可能だったかもしれないな、と思います。国葬が行われたことは、故人やご遺族にとっては名誉なことでしょうが、形としては、もっと望ましい内容にすることができたらよかったのにな、とも感じてしまうのは、私だけでしょうか。

いずれにしても、今回のことを「もう終わったこと」とはせずに、今後のためのケース・スタディとしてしっかり検証していくべきですね。

 

私自身は、何にもとらわれない、何にも縛られないような現世とのおわかれをしたいと思っています・・・私のことなんて、どうでもよいですよね。失礼しました。 笑

 

今回も最後まで読んでくださり、ありがとうごあいました。

 

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常142 並ぶ人、並ばない人

こんにちは。

 

ようやくコロナ第7波が落ち着きを見せる中で、ついに岸田首相は全国旅行割およびイベント割の実施を発表しました。外国人観光客の受け入れも本格化するようで、秋の行楽シーズン到来を前に胸をなでおろしている旅行関係業者は多いでしょうね。私達もまた、少し遠出をしようか、という気持ちが強くなっているところです。ただ、ウイルスに感染し、発病した方々の苦しい状況、とくに後遺症の深刻さについては多くの報道がなされており、これからも消毒やマスクなど、気をつけていかなければならないことには変わりがありませんね。色々と気を遣い、配慮をしながら、秋を楽しんでいきたいものです。

 

先日、大雨の降る中をバスに乗車して、ぼんやりと外を眺めていると、ラーメン屋さんの前に20人~30人の行列ができているのを見て、驚いてしまいました。この店は普段から人気がある店で、いつも行列が絶えないのですが、それにしても悪天候の中、傘を差しながら待つとはご苦労さまなことです。ラーメンですから回転は速いでしょうが、それでも10分程度で入店できるということはないでしょうね。ちなみに、このお店、真夏で気温が35度を超えているような日でも、やや人数は少ないものの、行列ができています。熱中症になりそうな身体で食べる熱いラーメンって、どんな味なんでしょうか。

 

人はなぜ飲食店で行列を作るのか? これは行動心理学的に色々と分析がなされています。もっともスタンダードなのは、いわゆるバンドワゴン効果の理論に基づくものです。バンドワゴンとは、パレードの先頭をゆく軍楽隊の車のことで、パレードはその後をついていくことになります。このことから転じて、先頭を歩く人、あるいは世間の流行や評価に追従して自分の行動を決めてしまうことをバンドワゴン効果と言うのです。たしかに、飲食店の前に並ぶ人の多くは、マスコミやネットで紹介されたことをきっかけにその店のことを知り、その味が自分の舌に合うかどうか、店の雰囲気が自分の好みであるかどうかは二の次になってしまい、「とにかく自分も体験してみたい」という心理のみで行動するのかもしれません。もちろん、多くの人が高く評価しているのだから、安心だろう、という心理も強く働いているはずで、これがバンドワゴン効果が起きる最大の原因だろうと思います。「時流に乗っておけば間違いない」というわけですね。また、社会の中での他者との同質化願望が強い人ほど、行列を作るという傾向も指摘されています。

しかし他方で、行列に並ぶことを極端に嫌がる人もいます。こうした人は、必ずしもその店に興味がないわけではないのですが、「他人と同じことはしたくない」という意識が強く働く傾向にあると言われています。これを心理学では「スノッブ効果」と呼んでいます。

こうした行動心理学的な説明では、ふたつの効果は正反対のもののように思えてしまいますが、実際にはそうではありません。両方とも、結局のところ他人の行動や評価に影響されているという点では共通しているからです。つまり、やや受け身的な行動ということになるのかもしれません。

でも、この説明だけではなんとなく寂しくありませんか? たしかに私達はいつも他人に影響されていて、それは避けようがないのですが、そんななかで自分の判断基準や価値観をそれなりに形成しているものではないでしょうか。最終的にどのように行動するのかは、その判断基準が大きく左右する筈です。決して流行に乗ったこと(あるいは、乗らなかったこと)だけに満足しているわけではないと思うのです。

ラーメン屋さんの例でもう少し説明しましょう。行列を作って長時間待つ人にとっては、その待っている時間も「ほどよいスパイス」になり、だからこそより美味しく感じることができるのです。もちろん、後でSNSにアップしたり、友達に自慢したりすることも考えているでしょうが。(こうした行動を「見せびらかし消費」と呼びます。またヴェブレン効果とも称されています。)しかし、実際にそんなに美味しく感じられなければ、そうした行為も空しいものになってしまうことは、彼等もよく知っているはずです。つまり、やはり自分が美味しいと感じるかどうかが最も重要だと思うのです。当たり前のように聴こえるかもしれませんが、どうも心理学者たちは人間の素の感性をそのまま素直には認められないでいるような気がします。

他方、行列を嫌いな人は、待つ時間そのものが食べ物の味を減退させる、と考えているように思います。どんなに美味しいものでも、長時間炎天下や大雨の中を待たされたら、「もう、どうでもよい」と思ってしまうに違いないと自覚しているからこそ、はじめから列の最後尾に並ぶようなことはしないのです。

自分の価値観というものは、長年のさまざまな経験と蓄積の中で自然と形成されていくものですから、それに対して自覚していない人も多いかもしれません。でも、過去の自分を振り返ってみれば、誰でも必ず自分なりの価値観あるいは「こだわり」のようなもの、そしてどのようにしてそれが培われてきたのかがわかると思います。

私がラーメン屋さんで行列に並ぶとしたら、そんな自己分析をしながら待ちたいですね。でも本当は、食事のために行列を作るのは好きではありません。他に店の選択肢がないのならば止むを得ないですが、どちらかというと、行列を見ただけでげんなりしてしまう私です。

でも、これはどちらが良いという話ではなく、それぞれの価値観で行動するのであれば、他人から文句を言われる筋合いのものではありませんよね。

これから食欲の秋。皆さん、健康には注意しながら、美味しく食事しましょう。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常141 萬福寺と南禅寺

こんにちは。

 

今日は台風一過。とはいえ、まだ風が強く、さわやかな秋晴れにはもう少し時間がかかりそうです。でもとにかく、気温が下がったのはうれしいですね。

気温といえば、今回あるいは前回上陸した台風のルートだと、とくに日本海側は一時的に異常なほど気温が上昇します。いわゆるフェーン現象ですね。もちろん、これは台風の時だけに起きる現象ではありません。真冬であろうが、真夜中であろうが、気温が35度近くまで上昇し、ドライヤーの強風のような風が吹き荒れるのは本当に不快なものです。あれは何度経験しても慣れませんでしたね。

ともあれ、今回の台風で何か被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。

 

さて、最近は新型コロナウイルス感染者の数も少し落ち着いてきており、秋に向けてさまざまなキャンペーンや外国人観光客受け入れが本格化するような風潮が広がってきていますね。観光客が急増してしまわないうちにということで、普段は人出の多い社寺を回るのが、今年の私の目標のひとつになっています。

そんなわけで、最近訪れたのが、まず、京都府宇治市にある黄檗宗萬福寺です。といってもあまり耳なじみがない方もいらっしゃるかもしれませんが、下の写真を見たことがあるのではないでしょうか。これは開梛(かいぱん)といって、さまざまな合図にこれを叩いて使うそうです。(現在は、午前11時45分にだけ鳴らすそうです。)そして、いわゆる木魚のルーツだそうです。そういえば、木魚って「木の魚」って書くんですね。今さらながら、気がつきました。ちなみに、魚の形をしているのは、魚は日夜を問わず目を閉じないことから、寝る間を惜しんで修行に精進しなさいという意味が込められているのだそうです。きょとんとした可愛い目をしていますが、ちゃんと修行に関連づけられているのです。また、口にくわえた丸いものは煩悩を表し、魚の背を叩くことで煩悩を吐き出させる、という意味合いがあるのです。

萬福寺の山門 どこか中国っぽいですね

 

萬福寺の開梛(かいぱん)



さて、この寺を1661年に開いたのは、中国の高僧であった隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師という方です。詳細は割愛しますが、この方は、中国でかなりの地位についていたにもかかわらず、60歳を超えてから、日本側の求めに応じて渡日し、その後亡くなるまで日本にとどまり、黄檗宗という当時日本ではほとんど知られていなかった宗派の普及に力を尽くしたのです。

この方、名前から想像できる通り、日本にインゲン豆を紹介したことで知られています。また、文化・芸術・茶道等にも造詣が深く、俗世間から隔絶された空間で修行に没頭しているという私達の描く禅僧のイメージとはやや異なる、多芸多才の方だったようです。ただそれ以上に感慨深いのは、60歳を超えてから、異郷の地に移り住んだことです。普通なら、それまでのキャリアを捨てることになりかねないこのような選択はなかなかできないものです。しかも、日本語は当然ながら不自由だったでしょう。こうした、その年齢から大変な苦労が予想されている道に飛び込んだこの方の行動には感服するしかありません。いくら仏の道に自分の身をささげていたからと言っても、よほどの決断力がなければここのようなキャリア選択はできないですよね。

ただ、生まれ故郷である中国のことはいつも心の中にあったようで、このお寺は日本の一般的な寺院とは佇まいが異なり、あちこちに中国風のデザイン・雰囲気が感じられます。また、黄檗宗では、今でも中国で使われているお経をそのままの形で使っているそうです。

 

別の日に訪れたのが、有名な南禅寺です。ここは室町時代に定められた京都五山の「五山之上」つまり別格とされているぐらい、格式の高い、そして堂々たる寺院です。境内は非常に広く、たくさんの塔頭もあります。見どころも大変多いですが、拝観料の不要な場所もたくさんあり、散歩するだけのために訪れる近所の方々も後を絶たないようです。

訪れた日は非常に暑かったこともあって、今回はもっとも人気のある三門と、塔頭のひとつである金地院を拝観しただけで、帰宅してきてしまいました。今回の投稿ではこのうち三門についてのみ記します。

南禅寺三門

絶景かな



現在の三門は1628年に再建されたもので、高さは22メートルという威容を誇っています。22メートルというと、普通のビルの6階か7階ぐらいに相当するわけで、近寄るとその巨大さに圧倒されます。そして、ここは上に登れるのですが、上からの京都市内を見渡す景色は格別なものです。(ただし、その階段はほとんど90度ぐらい角度があるのではないかと思われるほど急です。)

 この景色を見て、ほとんどの人が思い浮かべるのが石川五右衛門のセリフ「絶景かな、絶景かな。」です。歌舞伎の演目である『楼門五三桐』(さんもん ごさんの きり)の一場面としてあまりにも有名ですが、実は、五右衛門が釜茹での刑に処せられたのは1594年。つまり現在の三門が建てられる約30年も前のことなので、彼がこの三門に上ったいうのは完全にフィクションです。

ただ、この歌舞伎の台本では「南禅寺山門」と記されています。「山門」と「三門」は何が違うのか? 実は、山門には「お寺の門」という程度の意味しかありません。もともと修行の場としての寺院が山麓等に建てられることが多かったため、寺院そのもののことを「山」とも呼ぶようになったようです。有名なのは、比叡山延暦寺とか、身延山久遠寺とかですよね。南禅寺も瑞龍山という山号をもっています。(ただし、山号のない寺院もたくさんあります。)これに対して、三門とは、仏道修行で悟りに至る為に透過しなければならない三つの関門を表します。つまり、空、無相、無作の三解脱門を略した呼称です。くぐり抜けることにとても大きな意味があるからこそ、このような大きな門が建てられたのかもしれません。そして、ここからは私の想像ですが、歌舞伎の作者はこの違いを理解したうえで、これがフィクションであることを暗に示すために、あえて「山門」としたのではないでしょうか。そういえば、芥川龍之介は有名な短編小説「羅生門」を残していますが、これも現実に存在していた「羅城門」を舞台にしているとはいえ、あくまでフィクションですよね。

なお、この解釈、間違っているかもしれません。少し調べたのですが、誰もこのような整理はしておられないようなので、悪しからず。実際、南禅寺のサイトを見ると、三門の説明の中で「山門とも記す」という表現があり、この寺ではまったく同じものとして考えられているのかもしれません。ここに書いた両者の違いは、あくまで一般的な区別です。

 

寺社仏閣というのは、10歳代のときに見ても、なかなかその面白さがわからないものですが、このトシになってくると、色々な角度から見たり考えたりすることができるようになって、楽しいですね。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常140 国税庁を名乗る詐欺メール

こんにちは。

 

今週は、残暑と言うのがはばかられるほどの酷暑が続いていまね。いったん涼しくなりかけてからの猛暑に、身体がついていかなくなりそうです。ただ、秋の虫の声も確実に増えており、「もう少しの我慢だよ」と励まされているような気分になります。昔から「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉もあります。熱中症等に気をつけながら、何とか乗り切っていきましょう。そういえば、こういう急激な気温変化は、ストレスの大きな原因にもなり、それが精神的な疾患を招いてしまうこともあるそうですから、なおさら、気をつけたいものですね。

 

ところで、先月頃から国税庁を名乗る詐欺メールが全国で多数出回っていることをご存じでしょうか。内容は、下に示しましたが、簡単に言えば「税金が滞納状態になっているから早く払ってください」という主旨のものだそうです。これは明らかな詐欺メールで、国税庁のサイトでも注意喚起をしています。

国税庁のサイトより)

 

今回のことに限らず、架空請求等のメールが届いたという話は随分以前からありましたが、「税金を払え」というのは新手かもしれませんね。こういう比較的単純な詐欺メールにひっかかる人がどれだけいらっしゃるのかなあ、というのが正直な感想ですが、高齢者の中には公的な機関からの請求ということで、慌ててしまう方もいらっしゃるようです。詐欺グループの方は、100人に1人でもひっかかれば大儲け、ということで、適当な数字の組み合わせを電話番号として、大量に送り付けているのでしょう。自動でメールを送信する機械、一度に数百通?という単位でショートメールを送れるようなので、詐欺グループ側にしてみれば、電話による詐欺よりも手軽、ということになるのでしょうね。また、電話でのやり取りのような一種の「演技力」が不要であることも、彼等にとっては好都合でしょう。

 

この国税庁を語るものに関して言えば、明らかにおかしな点がいくつもあります。

第一に、国税庁や税務署が、納税にかかわるような重要な内容をメールで送ってくることは、まずありません。また、主たる家計維持者、つまり実際に納税者となっている名義の方以外の家族にも送られているようです。例えば夫が納税者となっているのに、妻の方にショートメールが届いたりしています。まったくあり得ない話ですよね。少し冷静になれば、こういったことはすぐに理解できるはずなのですが、人間は慌ててしまうと、正常な判断能力を失ってしまうものです。「自分は詐欺には絶対ひっかからない」という自信を持っている方ほど危ない、という指摘もあります。

不審なメールが送信されてきたとき、その真偽を判断する方法はいくつかあります。私はまず、先方のアドレスがフリー・アドレスでないのか、また、指示されているリンク先が、相手が名乗っている会社や官公庁のものと判断できるものかどうかを、まず確認します。アドレスをよく見れば、なんとなくわかるものです。

第二に、宛先が明記されていないメールは、それだけで疑うべきです。詐欺グループ側は、送信先の氏名までは把握していないことが多いですし、そもそも、一斉に大量送信しているので、いちいち宛名を記すなどという面倒なことはしないのです。そもそも、これが正式な文書だとしたら、ずいぶん失礼な話ですよね。

第三に、請求の根拠(何をいつ買ったのか、あるいは何の税金が未納なのか等)がメール本文に記載されていないものも、きわめて怪しいですね。たいてい詐欺メールです。「詳しくは・・・」とリンク先を記して、そこに誘導するのが目的ですから、詐欺グループ側からすれば、請求内容は本当はどうでもよいのです。というか、下手に詳しく請求内容を書いてしまうと、「そんな買い物に覚えはない」と無視されてしまう可能性が高いでしょう。ただ、ひょっとすると「覚えがない」と抗議や問い合わせをさせることを目的として、わざと架空の内容を書いていることもあるかもしれません。なお、うかつにリンク先をクリックすると、個人情報を抜き取るためのフィッシング・サイトに誘導されるのが常道です。

第四に、支払方法が銀行振り込みや郵便局での送金を指定しておらず、プリペイド・カードの購入等特殊なものになっているのも、ほとんどが怪しいと思って間違いないでしょう。現在、銀行や郵便局は、新たに口座を開設セする基準が厳しくなっています。もちろん、口座そのものを売買するという悪徳ビジネスも存在しますので、口座番号が記されているからと言って、信用できるものではありませんが。(振込先の名義が個人名になっているのも怪しいですね。)

なお、現金書留以外で現金を郵送することは、そもそも法律で禁じられていますので、そうした方法を指定している場合は、それだけでアウトです。

 

以前は、こういったメールは日本語がおかしい、という特徴がありました。おそらく外国人グループによる仕業が多かったのでしょう。しかし、現在は日本人が関わることが多くなったのか、それとも翻訳ソフトの精度が高くなったのか、文面の日本語だけでは、それが怪しいものであるかどうかを判断することは難しくなってしまっています。

 

上に書いたことは、多くン人が「そんなことはわかっている」と仰るような内容です。では、なぜ人は詐欺メールに騙されてしまうのでしょうか。それを考えると、彼らの手口が人間の心理を巧みに利用したものであることが見えてきます。

 

ひとつには、こういうメールを受け取った方の「恥ずかしい」とか「人に迷惑をかけられない」といった心理です。未納金があるということ自体、多くの人は何となく引け目を感じてしまいます。ましてや、それがどこかの会社等に迷惑を被らせていることになってはマズい、という意識が働いしてしまうのです。その結果、他人に相談することなく、自分一人で解決しようと思い、相手の仕掛けた罠に嵌ってしまうのです。

また、これと若干関連するのですが、多くの詐欺メールは支払期限を非常に短く設定していることも重要です。つまり決断するための時間的猶予を与えないことによって、判断を狂わせたり、知人に相談する時間を失わせたりしているわけですね。

ふたつめに、こういったトラブルはなるべく早く解決して、心配事をなくしてしまいたいという心理です。こういった詐欺メールで要求してくる金額はたいていの場合高くても2~3万円、安ければ数千円というものです。これは、それぐらいの額ならとにかくお金を払ってしまって、それでこれ以上のトラブルに巻き込まれるのを避けたい、という気持ちにつけこんでくるのです。また、それに近い値段の買い物だと、ここ数ヶ月の間にしたことがある人も多いでしょうから、たまたまその金額が請求金額と似通っていると、「あれかもしれない」と勝手に解釈して、お金を払ってしまう、という例も多いようです。いずれにしろ、比較的少ない金額の支払いで解決しようと思うわけですが、これは長い目で見ると、かえってトラブルを深刻化させてしまいます。相手は一度食らいついた獲物は決して放そうとしないからです。

 

こうした人間の心理から考えると、詐欺の被害に遭ってしまう人は、決して判断能力が劣っているとか、軽率な行動をするタイプだとかいうことはありません。偶然にもいくつかの条件が重なると、誰でもその沼にはまってしまう可能性はあるのです。

なお、今回書いた詐欺メールを見分ける方法は、いずれもひとつの目安に過ぎません。これらの条件をクリアしていても、それで「これは正規の請求だ」と判断することは危険なことは言うまでもありません。怪しいものは無視してしまうのがもっとも適切な対処法ですが、どうしても確かめたいときは、送信元の名前を語っている所に、直接電話やメールで確認することが重要です。(ただし、送られてきた詐欺メールに記載されているリンク先や電話番号ではなく、別途自分でその正規の連絡先を調べて、そこに連絡することです。例えば、国税庁ならば、そのサイトを見れば色々と問い合わせ先情報が記載されています。)送信元のアドレスやキーワードとなるような文言等をインターネットで検索してみるのもひとつの方法ですね。同じようなメールが届いて戸惑っている人のSNSが見つかるかもしれません。

 

今回の投稿を読んだ多くの方は「わかりきったことばかりだ」と感じられることだと思います。もちろん、それでよいのですが、途中で書きましたように、だまされないと思っている方ほど、落とし穴にはまりやすいということも自覚しておく必要がありますね。注意していきたいものです。また、

ネット社会の恐ろしさは、もちろんこれだけではありません。それについては、また機会を改めて書いていくつもりです。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常139 名月とうさぎ、そしておはぎ

こんにちは。

 

皆さん、中秋の名月はご覧になりましたか? 私の住んでいる所では、夕方まで分厚い雲が空を覆っていたので半ばあきらめていたのですが、夜半頃にすっきりと晴れあがり、写真のような月を見ることができました。スマホで撮ったのであまり鮮明ではありませんが、ご容赦ください。


ところで、ある程度以上の年齢の方なら、「月」といえば「ウサギ」という連想がすぐに浮かんでくると思いますが、この両者ってどのように関係しているか、ご存じですか?

もちろん、月のクレーターの影の形がウサギの餅つきのように見える、という話もありますが、本当に古代の人々はあの影からウサギの姿を思い描いたのだろうか、と思って、少し調べてみたところ、これをさらに遡るような昔話が出てきました。それは今昔物語に出てくる次のようなお話です。

「今は昔、天竺に兎・狐・猿、三匹の獣がいました。彼らは誠の心を起こして菩薩の修行をしていました。ある日、猿、狐、兎の3匹が、山の中で力尽きて倒れているみすぼらしい老人に出逢った。3匹は老人を助けようと考えました。猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に食料として与えました。しかし兎だけは、どんなに苦労しても何も採ってくることができなかったのです。自分の非力さを嘆いた兎は、何とか老人を助けたいと考えた挙句、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込んだのです。その姿を見た老人は、帝釈天としての正体を現し、兎の捨て身の慈悲行を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせまし。月に見える兎の姿の周囲に煙状の影が見えるのは、兎が自らの身を焼いた際の煙だとも言われます。」(以上は、インターネット上に紹介されている複数の文章を元に書き起こしたものです。)

なんとも切ない話ですが、もともとはインドにおける「ジャータカ神話」という仏教説話で、これが中国を経由して日本にも伝わったようです。このような自己犠牲の話をどのように解釈するのかは意見が分かれるところかもしれません。実際、今昔物語の結末ではウサギをあまりにも哀れだと思った人が多かったのか、帝釈天が一度死んだウサギを生き返らせた、というものや、猿と狐が起こしたと思った火は、実は帝釈天の神通力によるものであったので、まったく熱くなく、うさぎが死ぬことはなかった、というように結末を変えて、言い伝えられているものもあるそうです。

少なくとも現代において、自己犠牲の挙句の果て死んでしまう、というような姿勢を無条件に賛美するような説教は、多くの疑問や反発が投げかけられるでしょうね。

それはともかくとして、9月の中秋の名月は「芋名月」とも呼ばれています。(この芋は里芋のことです。)そして、10月には「栗名月」があります。今回見逃した方も、来月(10月8日)はぜひ夜空を見上げてみてください。

そういえば、秋になってくると、夏とは違うお菓子が色々出回りますね。その代表格がおはぎでしょうか。

でも、おはぎってぼたもちとどのように違うのか、ご存じですか?

地域によっては、多少形や大きさ、原材料を変えたりすることはあるそうですが、和菓子屋さんによると、このふたつは実は基本的には同じものだそうです。春に出回るのがぼたもち、秋に出回るのがおはぎ、というわけですね。両方とも、ぼたん、萩という花の名前に由来していることは言うまでもありません。

では、夏と冬はどうなっているのか?

実はこれらにもちゃんと名前があります。夏は「夜船」、冬は「北窓」です。これらの名前は、花の名前とはまったく関係はなく、単なるダジャレです。つまり、夜の船とは、いつ波止場に着いたのかわからない、ということから普通の餅のように杵でつかないこのお菓子の名前となったようです。また、北を向いている窓は、月が見えない、ということで、これも餅を杵でつかないという特徴に結びつけているのです。つまり、餅を搗かない→搗き知らず→着き知らず(月知らず)というわけです。なお、このふたつの言葉、比べてみると、やはり夜船には夏が、そして北窓には冬が似合いますね。

単なるダジャレなのですが、なんとなく雅(みやび)な名前のような気がしませんか? もっとも、このふたつの名前を使っている和菓子屋さんは、かなり少なくなっているようです。それどころか、春でも「おはぎ」として売っている所も少なくありません。でも、こういうちょっとしたことから季節感を演出するというのは、いかにも日本的な風情で、私は決して嫌いではありません。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常138 江ノ島のエスカレーターと猫

こんにちは。

 

今週は、久しぶりに循環器内科の診察がありました。最近は数値がおおよそ安定しているので、3か月に1度という頻度なのですが、今回も幸いなことに大きな問題は見つかりませんでした。また、埋め込んであるICD(植込み型除細動器)のチェック電池はまだ5年ほどもつ、とのことでした。この機械、電池が寿命になれば再度手術で新しい機械と取り換えなければならないので、いつかはその時期が来るのですが、まあ、今の機械が長く使えるに越したことはないので、少しほっとしています。

 

さて、前回、エスカレーターの乗り方について書きましたが、そこで、ひとつ書き忘れていたことがあります。前回のテーマとは直接関係はないのですが、時々、エスカレーターから降りてそのままその場所に立ち止まってしまう方がいらっしゃいます。そこからどの方向に進むべきなのか迷っておられるのかもしれませんが、あれは止めてほしいですね。後ろから来た人間は、前が詰まってしまっているために、エスカレーターから降りるのに一苦労することになってしまうからです。立ち止まって考えるにしても、とにかく5、6歩は歩いてから(つまり、後ろから来た人にスペースを空けてから)にしてほしいものです。

似たようなことは、電車を降りた時などにも当てはまります。こうした場所は公共の空間であり、周囲の方への配慮を忘れてはいけませんよね。自戒も込めて、そう思う次第です。

 

エスカレーターと言えば、「有料のエスカレーター」があるのはご存じでしょうか。日本国内では、数か所稼働しているようですが、その中でもっとも有名なのは神奈川県江ノ島にある「江ノ島エスカー」でしょう。江島神社入口の石段登り口から江ノ島の頂上まで、長さ106メートル、高低差46メートルを約4分で移動できるもので、料金は大人360円となっています。もちろん、徒歩でもここを上ることはできるのですが、約20分かかりますので、とくに足腰に自信がない方にとってはありがたいものだろうと思います。(ただし、下り用はありません。)残念ながら、建設当時文化庁や地元住民の反発を抑えるためにほとんどの区間がトンネル方式で作られ、両サイドを壁で覆われているため、外の景色を見ながら上がっていくということはできませんが、それでも江ノ島観光のひとつの目玉になっているようです。そして特筆すべきことは、これが開通したのが1959年、つまり今から60年以上も前だったことです。バリアフリーという観点で考えると、先見の明があったというべきでしょうね。それに、こういう観光用のエスカレーターだと、さすがにここを歩いたり走ったりする人はいないでしょうね。

江ノ島といえば、ここは実は猫の天国だということをご存じでしょうか。とくにエスカーで上がりきった展望の開けたところには多数の地域猫が暮らしています。これは、江ノ島全体に自動車があまり走っていないことと大きく関係していると思われます。たいていの猫は、自動車の下ならば誰にも邪魔されずくつろげるので大好きですが、自動車そのものは大嫌いです。高速で走ってくるとどうしてよいのかわからず路上で固まってしまい、挙句の果てに轢かれてしまうということも、よく聞く話です。その大敵がいないのですから、彼等にとっては、のんびりと暮らせる天国、それが江ノ島なのです。私も、10年ほど前に訪れた時には、展望台のところで休憩していると、一匹のトラ猫が寄ってきて、相手をしてくれたことを覚えています。ただ、最近では、この島から猫が減っているそうです。そのたしかな原因はわからないのですが、とにかく、猫を「持ち帰る」人が後を絶たないそうです。いくら可愛いからといっても、猫の都合を無視して、自分のものにしようとする考え方は感心しませんね。猫を飼いたければ、いくらでも方法はあるのですから、現にそこに住みついている猫を持ち帰るなどという行為は止めてほしいものです。

前々回の投稿で触れました岩合光昭さんの番組を見ていてもわかるのですが、猫がたくさんいる町は、だいたいにおいて平和な町で、強い刺激こそあまりありませんが、人間にとっても居心地のよいところのはずです。そうした環境は守っていきたいものですね。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常137 エスカレーターは右?左?

こんにちは。

 

さて、今回はいきなり本題に入りましょう。前回に続いて、まずは二択の問題です。

 

あなたはエスカレーターに乗るとき、左右どちらに立ちますか?

 

東京近郊にお住まいの方なら左側、大阪近郊にお住まいの方なら右側と答えるのが普通でしょうか?(全国的には、左側派が多数のようです。) でも、最近は、「エスカレーターでは2列に並んで」とか「歩かないでください」という掲示が、駅や商業施設では目立つようになりました。埼玉県では、2021年10月から「エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」が施行されているほどです。この条例を見ると、以下のようなことが記されています。

利用者の義務(第5条)

  立ち止まった状態でエスカレーターを利用しなければならない。

管理者の義務(第6条)

  利用者に対し、立ち止まった状態でエスカレーターを利用すべきことを周知しなければならない。

この条例には罰則規定はありませんが、それにしてもこれだけはっきりした文言で定められているということは、それだけ、エスカレーターの乗り方(片側を空ける)をめぐっての事故やトラブルが多発しているということでしょう。

なぜ、これが社会問題化しているのでしょうか。そして、「片側を空けて、急ぐ人が歩いたり走ったりできるように便宜を図る」ことのどこに問題があるのでしょうか。

理由の第1は、歩くことが危険につながりやすいということです。エスカレーターのステップはたいてい金属製ですので、滑りやすく、雨の日や靴の状態によっては、転落事故が発生することがあります。また、それに巻き込まれてしまう人も出てきます。

第2に、例えば立ち止まっている人がショルダーバッグ等を持っていたりすると、後ろから歩いてきた人と接触し、それがトラブルになることも考えられます。また、子供の手を引いて乗っている場合は、片側だけしか使えないとなると大変窮屈で不便です。さらに、身体的な障害等の理由によって、片方の手しかベルトにつかまれないという方も、困ってしまいます。つまり、左右どちらを空けるにせよ、それは例えば高速道路の追い越し車線のように、前の人を追い越すことを優先的に認めることにはならないのです。

第3にそもそもエスカレーターの構造は、歩いたり走ったりすることを想定して作られていません。そのような人が多くなると、余計な負荷がかかってしまい、故障につながりやすいという事情があります。また、立ち止まる人が多数の場合、片側だけに大きな負荷がかかってしまい、これもまたエスカレーターの寿命を縮める原因となるようです。

こういった理由を踏まえて、日本エスカレーター協会は下のようなステッカーやポスターを作り、啓発に努めています。

(日本エスカレーター協会のサイトより引用)



もちろん、こうした動きに対しては、反発もあります。

「そんなことを言っても、急ぎたいときはあるのだから、歩くことを認めてほしい」というものや「条例まで作る必要はないのではないか」というのが主なものだと思います。

ちなみに、日本でエスカレーターを歩くということが習慣化したのは、1960年代後半、大阪にある阪急電車梅田駅から梅田交差点に向かう途中にある「動く歩道」ができた頃からではないか、と言われています。この「動く歩道」、私も何度も利用していますが、そんなにスピードが出るものではありません。横にある普通の通路を歩いている人の速度の方が早く、思わずその遅さに毒づく、という気持ちはよくわかりますし、私自身、そうしたことからこの上を歩いたことがあります。

その後どうやって全国に広がっていったのかは不明ですが、「片側空け」はその拡大の中で自然発生的にルールとなったのでしょう。ただ、どうして東京と大阪で反対になったのかは、まったくわかりません。

ちなみに、京都は、大阪に近いため右側に乗って左側を空けるのが一般的か、というと必ずしもそうではありません。他地域からいらっしゃった観光客が多いせいか、かなり混乱が見られます。皆さん、しょうがないので前の人にならう、という利用の仕方をしているのです。

さて、このあたりで私自身の考えを書いておきましょう。私は、日本エスカレーター協会の示唆にしたがって、立ち止まって乗ることが妥当だと思っています。両側を使った方が、結局エスカレーターに乗るために待つ人の行列は短くなり、効率的な運用ができると考えていることもひとつの理由です。そのような立場に立った時、どうしても急ぎたい人は、どうぞ、自己責任で階段を駆け上がってください、ということになります。ただ、これもまた、異論が出てくるかもしれませんね。

ただ、では皆さんが片側を空けて乗っている所で、あえて空いている方に立ち止まって乗るか、というとそのような勇気は持ち合わせていない、というのが正直なところです。まだ「歩かない」ことが十分に浸透していない状況では、自分一人が立ち止まることによって、余計なトラブルに巻き込まれたくない、という気持ちが働くからです。つまり、多数派の行動に従って、自分が損失を被うることを回避しているわけですね。

こういった行動は、行動経済学の中で「プロスペクト理論」とか「損失回避バイアス」といったキーワードである程度説明できるものです。その詳細については今回は割愛しますが、マスコミ等でよく使われる「同調圧力」も似たような概念ですね。

秩序ある社会生活を維持していくためには、こうした行動は必ずしも悪い物ではありません。ひたすら自己の主張を押し通そうとする行動は、周囲とのあつれきを生むばかりで、何ももたらさないこともあるからです。ただ、それが行き過ぎると、「誰も自己主張しない、そして責任を取らない社会」へとつながってしまう恐れもあります。

たかがエスカレーター問題ですが、意外に深い問題なのかもしれません。

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常136 すべての猫好きに捧げます

こんにちは。

 

ようやく朝晩は少し気温が下げるようになり、熱帯夜からは解放されつつありますね。やれやれ、です。でも、まだまだ昼間はかなり気温が上がる日がありますし、これからは台風のシーズンになりますから、油断はできません。皆さん、お気をつけてお過ごしください。

 

ところで突然ですが、あなたは犬派ですか? それとも猫派ですか?

日本ペットフード協会の調べによると、日本における犬と猫の飼育頭数は、ここ数年で大きく様変わりしたそうです。下のグラフを見ても明らかなように、猫の頭数が犬を逆転して、しかもその差はどんどん開きつつあるのです。(グラフは2018年までのものですが、最新の2021年度調査では、犬約710万頭、猫約894万頭となっており、その差はどんどん開いています。)

 

この理由は、いくつか考えることができます。

犬の場合は、たとえ小型犬であっても、毎日散歩させることが必要であり、飼い主にとってはそれなりに負担になります。とくに、高齢者の場合、最初は自分の軽い運動のために犬を飼って、散歩させるものの、次第に自分の体が動かなくなってくると、それが億劫になってしまいます。これに対して、猫は家の中で過ごすことが多いですし、散歩させる必要はありませんから、飼い主にとっては気楽なものです。共働き世帯の場合、これはとくに大きなメリットになるかもしれません。

また、犬と猫の平均寿命はほぼ同じ(14歳~15歳)なのですが、その生涯にかかる飼育費用には大きな開きがあります。飼育平均費用は、犬が年間35万円。猫は17万円ぐらいになるそうです。(アニコム損害保険株式会社による調査)ちょっと言い方は悪いかもしれませんが、景気低迷が長期化している中で、飼う側にとってはコスト面で猫の方が随分有利なのです。

さらに言うなら、日本の住宅事情があります。都市部ではマンション住まいの方が多くなっていると思いますが、多くのマンションではペットの飼育を禁止しています。にもかかわらず、管理規約等に抵触することは承知の上で飼おうとすると、ほとんど家から出さなくてもよく、鳴き声も小さいため、近所に迷惑が掛かりにくいと考えて、猫を選択する人も少なからずいらっしゃるようです。

私は、犬も猫も好きなのですが、マンション住まいなので、どちらも飼っていません。ただ、動物の写真集を眺めたり、YouTubeやテレビ番組でその映像を見たりするのは結構好きです。「もちまる日記」というのをご存じですか? 「もちまる」君とはスコティッシュフフォールドという種類の猫の名前なのですが、その飼い主(本人は下僕と称しています)がこの猫の様子を毎日YouTubeにアップしており、ギネスブックから「最も視聴された猫」として認定されるほどの人気になっているのです。ちなみに、その登録者数は約200万人、動画の総再生数は13億回を超えているそうですから、驚きですね。

犬や猫の写真を専門にしている写真家もたくさんいらっしゃいます。それだけ「売れる」ということなのでしょうが、そんななかで、最も光っているのは岩合光昭さんでしょう。この人は、必ずしも猫専門というわけではなく、若い時は、犬はもちろん、アフリカにすむ野生動物の写真も積極的に撮っておられたのですが、今では猫専門のようになっています。NHK-BSで毎週放送されている「世界ネコ歩き」をずっと担当しておられるのも大きな要因でしょう。(この番組、あまりにものんびりしているので、私はすぐに眠くなってしまいます。)

では、この人の撮る猫は、他の写真家のそれとどこが違うのでしょうか? それは一言でいえば、「可愛さをではなく、自立した猫の姿を追いかける」ということに尽きます。岩合さんの撮る猫は、イエ猫であろうと、ノラ猫であろうと、また地域猫(特定の飼い主がいるわけではないが、そのコミュニティの中で色々な人からエサをもらい、気ままに生きている猫)であろうと、みんなとても凛々しい顔をしており、まったく人間に媚びる気配は見せません。中には百戦錬磨の喧嘩好きなのか、傷だらけの顔をしている猫もいますが、その堂々とした姿には、「お前ももっとしっかりしろ」と言われているような気がしてきます。

猫という生き物は、もともと勝手気ままな奴が多く、必要以上に人間に甘えることはしません。(生まれてからずっと家の中で暮らしていて、飼い主以外の人間も他の猫もまったく知らない、という場合は、逆に極端な甘えん坊になるみたいですが) 岩合さんはそうした猫の本質を見事にすくい取った写真を私達に見せてくれるのです。もちろん、それぞれの猫は愛くるしく、かわいいのですが、その根底にある自立意識のようなものが感じられる眼差しに、心奪われるのです。

最後に、猫好きの方にお勧めしたい曲とそのミュージック・ヴィデオをご紹介します。それは、打首獄門同好会という3人組ロック・バンドによる「猫の惑星」という曲です。

https://www.youtube.com/watch?v=ASkbzw95d9g

余計な解説はつけませんので、とにかく一度見てください。

この、なんだか恐ろし気な名前のバンド自体、非常にユニークな曲をたくさん発表しており、私はけっこう好きなのですが、それについては、また別の機会に譲りましょう。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常135 病院経営の問題点

こんにちは。

 

前回の投稿で、地蔵盆のことを紹介しましたが、それを書いている時に思い出したことがあります。

皆さんのお住まいの地域では、子供が1から10まで数を数えるとき、どんな言葉を使いますか? おそらく「だるまさんがころんだ」を使う地域が圧倒的に多いでしょうね。ところが、関西でこの質問をすると、かなり様子が変わってきます。多くの関西人の答えは「坊さん(ぼんさん)が屁をこいた」というものです。私自身、子供の時は当たり前のように使っていましたが、冷静に考えてみると、いかにも関西らしいユニークなものですね。由来はまったくわかりませんが、寺や僧侶といった存在が身近にあることの表れなのかもしれません。ちなみに11から20までの数え方はもっとシュールです。

「匂いだらくさかった」・・・そりゃあ臭いにきまっているだろう。というか、なぜわざわざ匂いを嗅ぐのでしょうか? 法事等でお経が唱えられるのを聞きながら、退屈のあまりこんな数え方を考えてしまった人がいるのでしょうか?

ちなみに、少し調べてみると全国には他にもいろいろな数え方があるようです。

「ちゅうちゅうたこかいな」

「くるまのとんてんかん

「インディアンのふんどし」

他にもいろいろあるようです。ちなみに「ちゅうちゅうたこかいな」は「ちゅう」で2、次の「ちゅう」で4、「たこ」で6、「かい」で8、最後の「な」で10というように数えるようです。言葉の地域による違いって面白いですよね。

 

さて、どうでもいいような話題で失礼しました。気を取り直して、今回は少し硬めの話題を取り上げます。

前回の投稿の中で、病院が非常に混みあっていたことも書きました。コロナ禍の影響もあって、規模の大小にかかわらず、医療機関はどこも非常に混雑しており、長時間待たされたり、待合室に入りきらない人たちが外で並んだり、などということも起きているようです。こういう状況を見て、「病院は忙しいけど、儲かっているのだろうな」と思う人も少なくないかもしれません。国民医療費の総額は例えば1980年代に比べると約2倍にも達していることもありますから、そのような印象を持つ人が多いのも不思議ではありません。

ところが現実はそんなに甘くないようです。全日本病院協会等が行った2020年度の調査によると、約68%の医療機関が赤字に陥っており、また、4分の1以上がボーナス・カット等人件費の削減に手を付けざるを得なくなっている状況なのです。

コロナ禍への対応のため、一時的に他の患者の受け入れや手術を停止していたり、病院自体がクラスター化しないようにするために、さまざまな措置を講じたりしなくてはならなくなっている、という事情ももちろんあります。しかし、病院経営が全体的に苦しくなってきているというのは、コロナ以前から既にはっきりした傾向として見られていたことなのです。

では、その原因・対策として、どのようなことが考えられるのでしょうか。

これについては、さまざまな分析がなされていますが、少なくとも人件費が大きすぎる、ということはありません。医療を支える医師や看護師の給与は、単純に他産業と比べると決して低いとはいえませんが、これは時間外手当や休日出勤手当が頻繁に発生する仕事であるからであって、その仕事の過酷さから考えると、「働きに見合った給料をもらっているわけではない」というのが彼らの素朴な感覚です。そもそも、常に人の命を預かるという気の張る仕事に従事しているわけですから、もっと報いられても良いのではないかと思ってしまうのです。

実際、私も入院中にある看護師さんから「どうして我々の給料って、こんなに低いんでしょうねえ」という愚痴を聞いたことがあります。とりあえず「幼稚園の先生と同じですが、昔は若い女性の仕事というように考える風潮が強く、そのため家計を支えるための給料という視点がなかったのかもしれませんね。昔は結婚や出産を機に退職する人が多かったでしょうから。きっとその名残りがあるのでしょう。」と答えました。ただし、これは当たっているのかどうか、まったく自信はありません。

また、同じく入院中のことですが、早朝5時頃に起きて、病院内をブラブラと散歩していると、待合室の椅子に不自然な格好で眠りこけている若い医師の姿を何度か見かけました。おそらく、その日の夜勤がよほど大変だったのでしょうね。

そんなわけですから、彼らの働き方を今のままにしておいて、賃金カットなどに踏み切るのは愚策でしょう。優秀なスタッフが流出してしまうのは、目に見えています。

では、他に考えられる原因は何でしょうか? 一言でいえば、マネジメント感覚の欠如ということになるのではないか、と私は思っています。

スタッフ皆さんは大変がんばって働いておられます。ただ、スタッフ同士の連携となると、これまでお世話になった病院を見ている限り、今一つ工夫が足りないような気がしてなりませんでした。情報共有の仕組みやその伝達経路を整備すれば、同じことを何回も確認しなくて済みますし、職場としての一体感も生まれます。このことは残業や時間外勤務の削減にもつながるはずです。そして、こうしたことに気を配るのは、管理職(看護師長など)や非医療スタッフの重要な役割となるのです。

もうひとつは、他の医療機関との連携の強化です。どんな大病院であっても、その中だけでできることには限りがあります。また、そこに患者が集中してしまうと、多くのスタッフを抱えているところでも、パンクしてしまいます。たいていの医院、病院は午前中の外来診療を12時までとしていますが、どんどん時間がずれ込んで、本来午後にやるべき仕事にシワ寄せがいってしまっているのが現状なのです。

これを改善するためには、近隣の医療機関や開業医との情報共有、患者担当の融通などを柔軟に行えるようにする必要があります。現在でも、初診の場合、紹介状が必須となっているところは多いと思いますが、そうしたことだけでなく、相互に患者を紹介し、情報を共有していく体制をもっと積極的に構築して言うべきなのです。そうすれば、それぞれの医療機関がその得意分野にある程度特化した効率的な診療が可能となり、ひいては収支改善にも役立つはずなのです。一台数千万円から数億円もするような高価な医療機器の相互利用も進めることができれば、かなりの支出軽減になるのではないでしょうか。

医療行為というものは、本来患者一人一人に対する丁寧な対応を基本とするものですから、何もかもを効率的に進めるという方策は正しい方向性とは言えません。ですから、医療機関の経営に、一般の民間企業の経営方法を安直に導入することは避けなければなりません。しかし他方で、すべての患者に対して安定的に医療を提供するためには、組織としての効率的で円滑な運営体制の構築とそのマネジメントが進められなければならない、ということを、コロナ禍での経験は物語っているように思います。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次回はもう少し柔らかい話題を書こうと思いますので、またよろしくお願いします。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常134 夏の終わりに想う事

こんにちは。

 

今週木曜日は、4週間に1度の血液内科の通院日でした。検査結果は、まずまず、といったところで、そんなに良くもなっていないが、悪くもなっていない、という感じです。しかし、お盆明けの病院は異常なほどの混み方で、血液検査の結果が出るまで約2時間待たされました。(普段はおおよそ1時間程度です。)まあ、今回は少し検査項目が増えたことも一因だとは思いますが、それもあって、なんだかくたくたになってしまいました。自分はたいしたことはしていないんですけどね。

五山の送り火も終わり、京都の夏もラスト・スパートに入ります。といっても、しばらくは暑さが続くのですが。それはともかく、3年ぶりの本格点火となった今年の五山の送り火ですが、せっかくだから、というわけで、如意ヶ嶽の大文字を見に行ってきました。送り火という行事、もともとはお盆にかかわる宗教行事ですが、今や祇園祭と並んで京都の夏の風物詩であり、重要な観光資源ともなっています。私は小学生時代、鴨川の傍に住んでいましたので、毎年当たり前のように大文字を見ていましたが、その時は点火の10分ぐらい前にふらっと河原に出かけ、そこでなんとなく燃える大の字を見ていたものです。しかし、今や時代が変わり、鑑賞スポットとして人気のある「鴨川デルタ」(上流から流れてきた加茂川と高野川が合流して鴨川となる付近)は、2時間近く前から場所取りのための人が集まってくるそうです。私が到着したのは点火の約1時間前、午後7時前後でしたが、すでにたくさんの人が集まって、交通規制も行われつつありました。ところが、その頃から天候が急変し、7時30分ごろからは雷を伴う土砂降りとなってしまいました。事前にスマホで雲の動きを察知していましたので、私は間一髪濡れないで済む場所に避難しましたが、河原でシートを広げ、飲み物や食べ物を楽しんでいた人達は大変だっただろうと思います。

しかし、これもご先祖様の力添えなのでしょうか。7時50分頃にはすっかり雨はあがっていました。点火そのものは当初の予定より少し遅れましたが、無事8時10分ごろに見事な大の字が夜空に浮かんだのです。

鴨川デルタ近くの出町橋付近から


ナマ大文字を見たのは本当に久しぶりだったのですが、その予想(というか、以前の記憶)を超える雄大さと威厳は、人々から言葉を失わせる迫力のあるものでした。宗派、宗教によってはお盆という行事はまったく行われませんし、私自身も宗教に関してはまったくの無信仰なのですが、それでも、どこか敬虔な気持ちが心の奥底から芽生えてくることは隠しようがなかったのです。戦国時代の頃からはじまったとされる送り火ですが、今日まで大切に守られてきた意味がなんとなく分かったような気がします。

さて、京都の子供たちにとっては、送り火を「ああ、もうすぐ夏休みが終わってしまう」という気持ちで眺めるものでもあります。しかし、彼等には8月中にもうひとつ大きなお楽しみが待っています。それは「地蔵盆」と呼ばれる行事です。といっても、関西以外にお住まいの方にはピンとこないかもしれませんね。

京都は昔から地蔵信仰が非常に盛んで、今でも街を歩いていると、あちこちにお地蔵さんが佇んでいるのを見ることができます。家と家の狭い境界線に立っていたり、駐車場の隅に立っていたり、中には、ビルの一角に設けられた専用の用地で大事に祭られているものもあります。いずれも小さなものですから、観光客の方はあまり気が付かないかもしれませんが、一度気になりだすと、どうしてこんなにたくさんあるのだろうか、と疑問に思われるようです。

普通、お地蔵さんの管理や清掃は、町内会の方によって行われます。つまり、これぞ地域に根ざした信仰なのです。仏教に属する地蔵菩薩は、もともと人々を救済する存在として敬われてきたのですが、それがいわゆる道祖神信仰とも結びついて、今のような形になったと言われています。つまり、これもまた、ひとつの宗教の枠組みを超えた存在なのですね。ただ、普段はごくさりげなく、そして目立たない存在なのです。そして、そのお地蔵さんがクローズアップされるのが地蔵盆なのです。毎年8月23、24日の両日、地蔵菩薩の縁日が行われるのですが、その日程に合わせて、子供たち(主に小学生高学年まで)を主役にした行事として開催されるのが地蔵盆なのです。(正確には、縁日は毎月24日なのですが、お盆に最も近いこの時期の行事をとくに地蔵盆と呼ぶようになったそうです。)現在では必ずしもこの日程にこだわることなく、その周辺の週末に行われることも多くなっていますが、いずれにしろ、子供たちにとっては夏休み最後の「お楽しみ」イベントなわけです。

といっても何か特別なことがあるわけではありません。町内会単位で、駐車場や公園の一角、あるいはお寺の境内などを借り切って、この2日間は自由に出入りし、そこでゲームをしたり、スイカやお菓子を食べたり、抽選会があったり。時には盆踊りもあったり・・・といった他愛のない遊びが一日中続きます。お寺で行われる場合は、坊さんのお経を聞く時間や「数珠回し」というものも行われたりしますが、それ以外、宗教色はまったくありません。町内会の子たちは、同学年なら顔を合わせたり遊んだりする機会も多いかもしれませんが、他学年の子たちとは、そんなに親しく遊ぶ機会は少ないのが普通でしょう。それが地蔵盆の期間の交流で一気に親密になったりするのです。そして、それをすべて準備し、取り仕切っているのは、町内会・自治会の長老やご意見番の方々です。つまり、地蔵盆は、町内会という組織がある程度しっかりしていないと成立しない行事なのです。時期が時期ですから、宿題の残りが気になっている子もいますが、それでも、みんな地蔵盆を思いっきり満喫していました。私の住んでいた町内会は、いつも集団登校していましたから、他学年の子もすべて顔見知りでしたが、こんな機会がなければ、一緒に遊ぶことは滅多になかったかもしれません。

地蔵盆の起源は、平安時代にまで遡ることができるようですが、本格的に京都の町に広がったのは、室町時代初期、足利尊氏が将軍だったころと言われていますから、大文字以上の歴史を持っているということができるのかもしれません。

 

考えてみると、この地蔵盆にせよ、五山の送り火にせよ、そして祇園祭にせよ、地元の人たちの多大な労力の積み重ねがなければ、決して実現することはできません。そして、それを数百年も続けてきたことには、やはり大きな意味があると言わざるを得ません。しかし、今はどこの町内会も高齢化が進み、やむを得ず他の町から人手を借りてきてなんとか継続しているというものもあります。(とくに、祇園祭の山や鉾はその維持・管理にけた違いの費用と労力、時間が必要ですから、大変だろうと思います。)もちろん、行政や企業の支援が全くないわけではありませんが、基本的にはすべて地元に任されているのです。それでもこれらの行事を続けていくというところに「町の底力」を感じるのです。おそらく、皆さんのお住まいの地域でも、似たようなコミュニティの力はあるでしょうね。できれば、そういった力を大切に守っていきたいものです。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常133 2022年の終戦記念日に寄せて

こんにちは。

 

8月15日は終戦記念日ですね。毎年思うことなのですが、真夏のじりじりと焼けつくような太陽と戦争が終わったという虚無感、そして戸惑い。1945年に生きていた人々は、それらをどんな気持ちで受け止めていたのでしょうか。それまで「戦争」が日常であったわけですから、爆撃や空襲警報が明日からなくなる、と言われても今一つピンとこなかったかもしれません。少なくとも、すぐに「よかったよかった」と手放しで喜ぶ気持ちにはなれなかったでしょう。もっと困惑したのは、おそらく職業軍人や、召集令状によって戦場に赴いていた人達でしょう。これからいったい何を生活の基準にしていけばよいのか、誰も教えてくれません。その答えを自分で見出すのにはかなり時間がかかっただろうと思います。

長期間続く戦争というものは、それぐらい人々の感覚を麻痺させ、あるいは狂わせてしまうものではないでしょうか。好き好んで人を殺したり、あるいは殺されたりする人はほとんどいないでしょう。しかし、戦争という日常の中ではそれが次第に当たり前の出来事になってしまい、生活のすべてがそれを中心に回っていくようになる、というのは恐ろしい話です。そういった意味でも、ウクライナにおける戦争が一日も早く終結することを祈るばかりです。これまでの経緯や歴史的背景を理解できないわけではありませんが、プーチン大統領はもちろん、ゼレンスキー大統領にも、今苦しんでいる人達を救うために何が必要なのか、戦後国を立て直すための道筋はどのように設計するのか、という観点をもっと持ってほしいものです。

 

北山 修さんという方をご存じでしょうか。学生時代にフォーク・クルセイダーズというグループを結成し、「帰ってきたヨッパライ」というコミック・ソングで大ヒットを飛ばしたフォーク・シンガーですが、作詞家としても人並外れた才能を発揮し、「風」「花嫁」「あの素晴らしい愛をもう一度」「白い色は恋人の色」など、1970年代前半には次々とヒット曲を手掛けています。しかし、この人の本職?は精神科医、心理学者で、長らく九州大学教授を務められていましたし、現在は白鴎大学学長だそうです。

この方の代表作として上に挙げたもの以外で有名なものに「戦争を知らない子供たち」があります。

 

戦争が終わって僕らは生まれた

戦争を知らずに僕らは育った

 

彼は、この詞について、「これは1945年8月15日以降に生まれ、育った」ということを歌っているだけで、それ以上の意味は込めていない、と語っていますが、当時は、「反戦歌なのに軟弱」という批判も浴びたりしました。しかし、今でも多くの人が知っているように、大ヒット曲として歌い継がれています。

私は、この詩を深堀するつもりはありません。ただ、気がつくと日本は75年以上も本格的な戦争を経験せずに時を重ねてきたこと、そして戦争を知らない世代がどんどん増えてきたということには大きな意味があると思います。「戦争に怯えなくてよい日常」がどれほど貴重でありがたいものなのか、この機会に考え直してみるのも良いかもしれませんね。そして、今この瞬間にも、戦争のために傷つき、苦しんでいる人達が世界中に何百万人という単位で存在している、ということは忘れてはいけないのです。

実は、北山さんは私が通っていた高校の大先輩にあたります。年齢は離れていますので、まったく面識はないのですが、この人のエッセイや詞には、昔から一種のシンパシイをもって接してきています。この高校はいわゆる進学校なのですが、非常に自由な校風で、卒業後の進路もさまざまです。そして、北山さん以外にもミュージシャンとなった人が複数います。その中で、現在でも関西を中心に活動し続けている人に、豊田勇造さんというフォーク・シンガーがいます。この人は北山さんよりもさらに年上なのですが、若い時から今に至るまで、非常にアグレッシブな活動を続けており、優しい曲も、激しい曲も、たいていフォーク・ギター一本で歌っています。いわゆる大ヒット曲には恵まれていませんが、長く愛されているシンガーの一人です。

彼の代表曲のひとつに、「大文字」というのがあります。

 

男の背中で 大の字に山が燃える

男の手の中の ハチドリよ ブンブン飛べ

さあ もういっぺん さあ もういっぺん

火の消える前に

 

この曲は、豊田さんがあるライヴに出演した時、前後に演奏していたのがロックバンドであったために、ギター一本で演奏する彼に激しいヤジが飛ばされ、それでも歌っていこうと決意した時のことを歌にしたものだそうです。

そう、終戦記念日の翌日、8月16日は京都では大文字の送り火があります。(正確には五山の送り火) ご存じの方も多いと思いますが、これはお盆で帰ってきていた精霊が再び冥府に旅立っていくのを見送る儀式として、京都ではなくてはならない行事となっています。亡くなった方々を静かに見送るとともに、この世で生きている私達は「もういっぺん」生きていこうと心に誓う。そんな気持ちを湧き立たせてくれる曲だと思います。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常132 指揮者とリーダーシップ

こんにちは。

 

まだ8月半ばですが、いい加減、暑さに飽きてきましたね。いかがお過ごしでしょうか。

私は、昨日4回目の新型コロナのワクチン接種を受けてきました。過去3回、ほとんど副反応らしきものはなかったのですが、今回も、今のところ少し倦怠感があるだけで、高熱が出たり、腕に強い痛みが残ったり、ということはありません。まあ、これで抗体ができて、少しでも重症化リスクが減ればよいのですが、こればかりは、どうなるかまったくわかりませんね。それにしても、集団接種会場で働いている方々、本当に毎日ごくろうさまです。今の様子だと、まだ数回はワクチン接種をしなければならないことになるのでしょうか。これも正直なところ「いい加減にしてほしい」という気持ちが湧いてきますね。変異種の発生など、むずかしい課題もありますが、一刻も早く特効薬が出てくることを祈るばかりです。

最近、身近な人の中にも罹患する人が続々と出てきていますので、余計にそう思う次第です。

 

さて、前回は指揮者の役割について書きましたが、まずは少しだけその補足を。

指揮者といっても、その与えられている権限はさまざまです。「音楽監督」あるいは「芸術監督」という肩書を与えられ、楽団全体の運営や人事に強い発言権をもつ場合もありますが、他方で、単にある一回の演奏会についてのみ権限と責任を持つ、というパターンもあります。また、ウイーン・フィルのように、基本的にはそれぞれの演奏会について、それを担当する指揮者を団員たちの総意に基づいて決めることを基本とするようなところもあります。指揮者は、自分の理想とする演奏をするためには大きな権限を欲するものですが、当然のことながら、大きな権限には大きな責任が伴いますから、これを嫌がって、あえて軽いポジションに留まろうとする人もいるようです。なかなか複雑な世界ですね。

そして、指揮者を一切置かないオーケストラも存在しています。その代表格がアメリカにあるオルフェウス室内管弦楽団です。「室内」という言葉に違和感を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、これは英語のchamberという言葉を直訳しているのです。たしかにこの言葉には「室内」という意味もありますが、この場合は単に「小規模の」ぐらいの意味だと考えておけばよいようです。弦楽器16名、管楽器10名の計26名を基本とするこのオーケストラは、1972年に創設されて以来、バロック音楽から現代音楽まで幅広いレパートリーを演奏、録音してきていますが、特殊な場合を除いて、一度も指揮者を置いたことがありません。しかし、ニューヨークにある「クラシックの殿堂」とも称されるカーネギーホールを拠点にした活動は、常に高い評価を得てきているのです。

では、この楽団はどのようにして統率をとっているのでしょうか。

実は、ここには指揮者はいませんが、リーダーは存在しています。つまり、団員の中にリーダーがいるのです。ただし、それは固定されたポジションではありません。曲や演奏会ごとに、団員の中でリーダーを回り持ちしていき、その人を中心に、皆で音楽づくりに積極的に参加し、意見を出しあいながら、それをまとめていくのです。言い換えれば、団員の誰もがリーダーになり、またフォロワーにもなる、というわけです。このような体制を長年維持することによって、団員一人一人の音楽に対する姿勢はより真摯なものとなり、同時に、「リードする」ことと「フォローする」ことの両方の立場を深く理解できるようになります。こうして団員の誰もがより高い主体性を持つようになり、結果としては、よりよい演奏が可能になるというのです。少し荒っぽい言い方をすれば、指揮者の言いなりになるような演奏家にはならない、という意志を大事にしているのです。

オーケストラに限らず、どのような組織においても、皆がより高い権限と責任を有する、というのは、おそらくその組織自体が強固なものになっていくうえで、とても有効なことだと思います。

ちなみに、オルフェウスには8つの明確な原則があるそうです。

1 仕事をしている人に権限をもたせること

2 個人として最も質の高い演奏をする、自己責任を負うこと

3 役割を明確にすること

4 リーダーシップを固定させないこと

5 平等なチームワークを育てること

6 話の聞き方を学び、話し方を学ぶこと

7 コンセンサスを形成すること

8 職務へのひたむきな献身があること

 つまり、ここで求められるリーダーシップは、私達がふつうイメージする「強いリーダーシップ」とは随分異なるものなのです。

なお、心理学者であるリッカートはリーダーシップのあり方を4つに類型化しています。それは以下の通りです。

・独善的専制

・温情的専制型(家父長的専制型)

・相談型

・集団参加型(民主型)

いわゆる「強いリーダーシップ」は①または②でしょう。前回の投稿でご紹介したトスカニーニは明らかに①です。中小企業の経営者には②のタイプの方が多いのではないでしょうか。そしてオルフェウスの場合は当然④ということになります。

ただ、このようなやり方はどうしても全体で合意するまでに時間と手間がかかってしまいます。限られた時間の中で意思決定し、行動を起こさなくてはならないときには、これが大きな障害になってしまいます。ですから、ある程度以上の規模の組織や、常に外部環境の変化に即応することが求められるところでは、決して向いている方法とは言えません。また、リーダーとなる人の性格によっても、とることのできるタイプは異なってきます。つまり、どのようなリーダーシップがふさわしいのかは、ケース・バイ・ケースということになるのです。ただ、私達は自分たちのリーダーとしてどのような人物が適任なのか、短期的視点と長期的視点の両方をもって、冷静に考えていかなければならないのです。また、フォロワーとしてのあるべき姿についても、しっかりと考えていかなければなりません。フォロワーとは、ただ「後ろをついていく人」のことではなく、冷静かつ客観的な立場から、リーダーをフォローする人のことなのです。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常131 指揮者の役割

 

こんにちは。

 

最近は猛暑か、そうでなければ大雨という極端な天候が続いていますね。今回の大雨で被害に遭われた方、そして熱中症で倒れられた方には、心よりお見舞い申し上げます。それにしても、なんだか息苦しい夏ですね。

 

前回は女性指揮者のことを書きましたが、そもそもオーケストラにおいて指揮者の役割って何なんでしょうか。よく考えると、指揮者というのは少し特殊な存在です。「演奏家」であるのにもかかわらず自分では一切音や声を出しません。もちろん、練習中は言葉や身振り手振りも交えて、さまざまな指示を出していますが、いざ本番となると、当たり前の話ですが、一切音を発することはできません。もし、事前に指示していたのとは異なるテンポやタイミングで団員たちが演奏し始めても、指揮者はどうしようもありません。いかにもそれが自分の出した指示であったというような涼しい顔をして、出てくる音に合わせて体を動かす(踊る?)ことしかできないのです。練習中どんなに専制君主のように振舞っていたとしても、肝心の本番では、団員たちの出す音が優先されてしまう。ある意味では、ずいぶん不安定なポジションになるわけですね。

そんなこともあってでしょうか。「オーケストラに指揮者は必要なのか」という疑問は、よく聞きます。しかし、指揮者の役割とは、そもそも音の「入り」や「切り」、強弱、テンポなどを指示することだけではないのです。そういった指示だけならば、団員の中のリーダーが要所要所で軽く合図するだけで、およそ事足りてしまいます。オーケストラの場合、演奏者は両手がふさがっていますが、それでも体を少し大きく動かす(たとえば、ヴァイオリンの弓を少し大きな動作で動かす)で全体に合図を出すことは十分可能です。ですから、ある程度以上の演奏レベルを持つ団体ならば、まったく指揮者がいなくても演奏は可能なのです。これはもちろん、吹奏楽団や合唱団でも同じことです。

 ただ、こうしたリーダーたちが出せるのはあくまで「合図」であって、曲の雰囲気を作り上げていくところまでは、とても手が回りません。自分自身も演奏しなくてはいけないのですから、これは当然でしょう。また、曲の細かいニュアンスとなると、それぞれの団員で捉え方は異なってきますので、これをひとつにまとめあげることは、とうてい無理でしょう。スタジオでの録音等ならいざ知らず、観客の入っているコンサートのステージでは、プレイイング・マネージャーを務めることができる能力を持つ人はおそらくほんの一握りだろうと思うのです。そんなわけなので、指揮者なしで演奏する場合、曲調にあまり変化のない、つまらない演奏になってしまうことが多々あります。逆に、指揮者が最大限の能力を発揮した場合、同じ曲を同じ楽団が演奏しても、指揮者が異なれば、ずいぶん違った雰囲気の演奏になるのです。

そういうわけで、指揮者の役割、重要性はある程度見えてきます。といっても、彼は団員の総意に基づいて音楽づくりをしているのではありません。とくにプロの団体の場合、演奏会のためのリハーサルの時間は限られていますので、その時間を効率的に使うためには、しっかりと楽譜を読み込んで、作曲家の意図を理解したうえで、その曲のイメージをつくりあげ、自分の音楽観も加味しながら、その曲をどのように演奏するのか、細かくプランを立てる必要があります。つまり、事前の勉強には非常に時間をかけ、入念に準備するからこそ、リハーサルや本番を成功に導くことができるのです。

そうなると、場合によっては、あるいは人によっては、独裁者のように振舞っていかざるを得なくなります。過去には「暴君」と呼ばれ、自分の気に入らない団員を次々に解雇し、メンバーの入れ替えを行って、楽団全体を自分好みに仕立てていった名指揮者もいます。例えば、19世紀後半から20世紀前半にかけて主にアメリカで活躍したトスカニーニは、リハーサル中に激高し、団員を名指しで罵倒したり、指揮棒やインク瓶、懐中時計などを投げつけたりしたことも珍しくなかったそうです。それでも彼の作り出す音楽の素晴らしさには、誰もが納得せざるを得なかったようです。

しかし現代社会であまりにも強引な手法を取ってしまうと、逆に団員たちからそっぽを向かれてしまい、協力者、理解者がいなくなるということにもなりかねません。というか、トスカニーニのようなことをしたら、ハラスメントで裁判沙汰になってしまいます。ですから、団員たちとの良好なコミュニケーションを構築していく、というのも、指揮者の重要な仕事になっているのです。

もっとも、トスカニーニについて少しフォローしておきますと、彼は何よりも自分の思い描く音楽に対して真正面から取り組むことを最優先していたのであって、決して団員たちをいじめようと思っていたわけではないようです。彼は次のような言葉を残しています。

「私の決定はどんなに苦しくとも翻らない。私の考え方、動き方はただ一つ。妥協は嫌いだ。私は人生で自ら刻したまっすぐな道を歩き、これからも常に歩み続ける。」

こんな風に言い切られてしまったら、もう周囲は反論できませんね。

 専業の指揮者が登場したのは、そんなに大昔のことではありません。19世紀中ごろに活躍したハンス・フォン・ビューローというドイツ人がその先駆的存在と言われています。

この人は、ワーグナーの弟子であり、そのオペラを数多く上演しているのですが、彼の出現する前は、作曲者自身が指揮台に立つことが一般的だったようです。(もちろん、今でも自分で作った曲を自分で指揮している人はたくさんいます。)ご存じの方も多いと思いますが、ワーグナーの曲というのは非常に複雑で、単にテンポを指示すれば事足りるというものではありません。ワーグナーの伝えたかったことを汲み取り、それを再現するうえで、彼のような存在はとても重要だったのです。ベルリン・フィル・ハーモニーの初代常任指揮者にも就任しているビューローは、まさに、現代における指揮者像を形作った人なのです。(ただ、余談になりますが、この人、自分の奥さんを師匠であるワーグナーに奪われるという気の毒な逸話も残っています。ちなみに、この奥さん、作曲家であり、名ピアニストでもあったリストの娘さんです。リスト自身、若いころはかなり浮名を流した人ですので、その血が娘にも流れているのだろうか、などと言われ、クラシック界最大のスキャンダルのひとつとして現代にまで語り継がれています。)ただ、上にも書いたように、求められる指揮者の姿というものも時代によって少しずつ変化してきています。また、音楽の形式もどんどん多様なものになってきているため、その中での指揮者の役割もまた非常に多様なものになってきているようです。さらに、あえて指揮者を置かないで演奏するパターンも存在しますので、必ずしも「指揮者は絶対に必要だ」とは言えなくなってきているのです。

というわけで、次回は「指揮者のいないオーケストラ」について書きたいと思っています。音楽にあまり興味のない方には申し訳ありませんが、これは組織におけるリーダーシップ論にも通じる話ですので、よろしければ、またこのブログを覗いてみてください。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。まだまだ暑い日が続きますが、体調には気を付けて乗り切っていきましょう。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常130 ジェンダー・ギャップ その2

こんにちは。

 

前回、男女間不平等(ジェンダー・ギャップ)の問題を取り上げました、そして、日本ではとくに政治や経済の分野において、改善の余地があまりにも大きいということを紹介しました。

しかし、男女に同等のチャンスが与えられていないのはこうした分野だけではありません。というわけで、今回は、クラシック音楽の世界という伝統的な考え方や風習が色濃く残る世界での事情を書いていきます。

先日、京都市交響楽団京響)は来年度からの常任指揮者として現在ドイツ在住の沖澤のどか氏が就任することを発表しました。この方について、私はまったく知らなかったのでプロフィール等を調べてみたところ35歳という若さ。前任者の広上淳一氏が64歳ですから、親子ほども年齢差があり、一気に若返りがはかられたことになります。京響の歴史の中でも最も若い常任指揮者ということになるのではないでしょうか。

この人が大きな話題になっている理由は、もちろん年齢だけではありません。女性であることがクラシック界に少なからぬインパクトを与えているのです。女性指揮者という存在は、世界的にも非常に少数で、とくに、このような大きなポストを得た例は、これまでに数えるほどしかないのです。最近ではブザンソン国際指揮者コンクールで女性初の優勝をした松尾葉子氏やCMなどマスコミ媒体にも積極的に登場する西本智実氏の活躍は注目されていますし、大学の指揮科にも女性は少しずつ増えているようですが、指揮者としての職業、ポストを得ている人の数は男性の方が圧倒的に多いのが現状です。

 なぜ女性の指揮者が少ないのでしょうか? ピアニストやヴァイオリニストには、たくさんいるのに・・・

これについては、色々と「説明」がなされてきました。例えば、「指揮者になろうとする人は、自己顕示欲が強い人間でないと務まらないという仕事です。 そのような性質は女性より男性に多く存在すると考えられるので、結果、女性の指揮者が少ないのではないかともいえそうです。」というものがあります。また「女性の多くは論理的思考が不得手だ」とか「統率力を発揮するのが苦手だ」という声も少なくありません。しかし、性格というものには個人差がありますから、これらは客観的な論拠に基づいた説明とは言えませんね。まるで「女性は話が長い」という不用意な発言のために、オリンピック組織委員会会長の職を棒に振った某氏のようです。

 色々と調べたり、考えたりしてみたのですが、クラシックという音楽がもともと教会音楽に根ざすものであり、とくにカトリック教会においては「旧約聖書」にある「女性はリンゴを食べるという悪を働いた者」という言い伝えが受け継がれてきたうえに、「月に一度不浄の血を流す」というとんでもない理由で教会への立ち入りを許されない時代が長く続いた、ということがその根底にあるようです。

余談ですが、そのような事情のために、教会で聖歌を歌う役割は男性だけに認められてきた長い歴史があります。ただ、そのために男性の中でファルセット(裏声)を駆使して高音部を担当するカウンター・テノールというものが生まれ、今でもこの人達が活躍する音楽はたくさんあるのですから、話は少し複雑ですね。

 それはさておき、上に書いたことがひとつの理由だとすると、なぜ指揮者以外の演奏家はどんどん女性が増えているのに、指揮者だけはなかなか女性にとって門戸が狭いままなのか、という疑問が湧いてきます。これについては、想像でしか言えないのですが、時代の流れとともに少しずつクラシック音楽の世界に女性を受け入れる風潮は広まったものの、指揮者というリーダーとしての役割を担う存在については、伝統的なというか古めかしい考え方に胡坐をかいている男性演奏家にとって、うとましく、厄介な存在だったのではないか、と思われます。あえて乱暴な言葉を使うなら「女なんかに指揮されたくない」ということですね。まあ、会社で女性上司に抵抗を感じる男性社員がいまだに多い、というのと同じような図式です。

 ただ、未来永劫今のような風潮が続くのかというと、そんなことはない、と言い切ることができます。ここで、世界最高峰のオーケストラのひとつと言われるウイーン・フィルハーモニー管弦楽団の例を挙げておきましょう。このオーケストラ、毎年1月2日に行われるニュー・イヤー・コンサートが日本でもNHKで生中継されますので、ご覧になったことがある方も多いと思います。アンコールのいちばん最後に演奏される「ラデツキー行進曲」を聴かないと、一年が始まったような気がしないという熱心なファンもいるほどです。

ところが、このウイーン・フィル。1990年代半ばころまで、女性団員は一人もいませんでした。それどころか、オーストリア人あるいはオーストリアで音楽の専門教育を受けた経験のある人以外には門を固く閉ざしていたのです。そしてその最大の理由は、「ウイーンの伝統に根差した音楽観をもち、そのリズムや響きを体現できるのは我々だけだ」という強い思い込みだったようです。しかし、世界中の音楽大学や専門学校での教育水運はどんどん上がり、どの国・地域からも優秀な演奏家が出てくるようになった今日、そんなことは言っていられなくなったのです。つまり伝統にしがみついていては、肝心の演奏技術の水準の面で他のオーケストラに追い越されてしまう、という危機感が彼らの中にも芽生え始めたのです。こうして国籍や性別にこだわらないで団員を採用するようになったのが、21世紀に入ってからということになります。

現在、ウイーン・フィルの女性比率は約10%ですから、まだまだ少ないと言えます。しかし、最近では、コンサート・マスター(演奏を行っていくうえでの団の中のリーダーであり、指揮者と団員の意志疎通を円滑にする役割を果たす重要な人、たいていの場合ヴァイオリンのトップ奏者がこれを務めます。)に女性が就任するようになり、これと相前後して、女性指揮者がこのオーケストラの指揮台に立つようになったのです。こうしたことは、一度突破口が開かれてしまえば、後はどんどん自然に広がっていくものです。2019年には、現在世界最高とも言われるピアニストであるマルタ・アルゲリッチ(女性)がはじめてウイーン・フィルとの協演を果たしています。彼女はそれまで「男性しかいないオーケストラと一緒に演奏するなんて考えられない」と言って長年協演を拒否し続けてきたのですから、ある意味、時代が変わったことを象徴する出来事でしょう。

つまり、今は10%しかいなくても、既に突破口は開かれているのですから、この後10年~20年もすれば、この比率はもっと大きなものになっていると予想できるのです。そしてこの流れはもう止まらないでしょう。

ただ、本当は、男性とか女性とかいうことをまったく意識せずに、実力ある人がそれ相当のポストを得ることができるようになることこそが理想なのでしょう。

 

有名な作曲家であり、ウイーン・フィルの初代指揮者であったグスタフ・マーラーは次のような言葉を残しています。「伝統とは灰を崇拝することではなく、炎を伝承することである。」

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。