こんにちは。
10月31日はハロウィン。しかし、少なくとも私の周囲や街中を見る限り、数年前に比べると、その盛り上がりはイマイチのように思えます。大きなカボチャのの飾りつけなどはところどころに見られますが、例えばテレビのCMでは、ハロウィンをすっ飛ばして早くもクリスマスに向けての商戦を開始しているようです。まあ、一時、東京の渋谷等であまりにも乱痴気騒ぎが目立ってしまい、それが大きな批判を招いたことが少しは関係しているのかもしれませんが。
さて、前回は最近開催されたショパン・コンクールについて感じたことを少し書きました。コンクールですから、一般の関心が「順位」や「結果」に集中することは当然でしょう。ただ、既に書きましたように、コンクールの受賞はあくまでプロの演奏家としての本格的なスタートを意味しているに過ぎません。真価が問われるのはこれから。ですから、今回の結果がたとえ自らの予想とは異なるものであったとしても、それを深刻に受け止めすぎしてしまうのは、誰にとってもあまり良いことではないと思うのです。
クラシック演奏家の演奏寿命は非常に長く、心身を崩すことがなければ、数十年にわたって活動を続けることも可能です。だからこそ、私達聴衆も「長い目」で彼らを見ていくべきでしょうね。
ところで、ショパン・コンクールではもうひとつ、熾烈な戦いが行われています。それは、ピアノ・メーカー間の競争です。コンクールのコンテスタント(出場者)は、あらかじめ決められた5種類のメーカーのピアノから実際に試弾して、自分にもっともふさわしいと思った一台を選び、第一次予選から本選までのすべてのステージを、その一台で演奏することが決められているのです。10年前の第17回大会までは、本選においてはそれまでと異なるメーカーのピアノを選ぶことも許されていましたが、前回、そして今回は、そういった変更は認められていません。
ちなみに、「5種類のメーカーのピアノ」とは、ヤマハ、カワイ、スタインウェイ、ファツィオリ、ベヒシュタインの5社です。もちろん各メーカーとも自慢の最高級品を用意しています。
試弾はわずか15分間しかありませんので、その短い時間に、各メーカーとしては、一人でも多くのコンテスタントに自社のピアノを選んでもらえるよう、「勝負」をかけているのです。もちろん、ピアノは選んだらそれでおしまい、というわけではありません。コンクール期間中、調整・調律を繰り返し、常にコンテスタントがベストな状態で演奏に臨めるように気を配らなければなりません。そのために、熟練の技術者がワルシャワまで派遣され、長期にわたって滞在し、裏方としてコンクールを支えているのです。
なぜそんな労力と技術、そして資金力をつぎ込んで、このコンクールに賭けるのか。理由は主にふたつあります。ひとつは、ネーム・ヴァリューの向上。世界最高峰とも言われるコンクールの優勝者が使用したピアノとなると、相当の宣伝効果があることは事実です。第二に、コンクールで使用されるような最高級ピアノの設計・製造によって培った技術は、やがて私達が手にするような普及品にも応用されるはずです。つまり、その会社にとって、総体的な技術向上が見込めるのです。要するに、F1やインディ500といった自動車レースにさまざまなエンジン・メーカーが参入しているのと同じような図式と言えるでしょう。
とは言っても、5社のうち、最初のふたつは日本のメーカーですし、知らない人はいないと思いますが、残り3社についてはあまりクラシックやピアノについて興味のない方はご存じないかもしれません。そこでまずは各社の簡単なプロフィールを紹介しておきましょう。
1 ヤマハ 1887年創業。現在、世界最大の楽器メーカーであり、ほとんどあらゆる楽器を手掛けているヤマハ。同社の創業以来の重要な製品であるピアノは世界全体で売り上げ首位を走り続けています。累計生産台数は約650万台にのぼっています。日本の家庭で設置されているピアノの約60%はヤマハ製だそうです。

ヤマハが優れているのは量的側面だけではありません。例えば旧ソ連を代表する名ピアニストであったスヴェトスラフ・リヒテルはとくにヤマハのピアノがお気に入りで、世界中のツアーでヤマハ製を使用していた上に、同社専属の調律師を同行させていました。そしてある時、「お礼に」ということで、わざわざ浜松の工場に自ら出向き、従業員の前でコンサートを開いたのです。このことは、同社の製造技術が世界トップクラスであったことを物語っています。
ヤマハ・ピアノの特徴としては、まずタッチが軽いことが挙げられます。これは初心者(とくに子供)に扱いやすいという利点になりますが、逆に熟達者には扱いにくさを感じる原因になる可能性があるのです。また、音色はどちらかというとやや明るくとくに高音が軽めで、逆に、悪く言えば、低音域で少し重厚さ、分厚さに欠けるような気がします。もちろん、リヒテルが愛用していたような名器ではそんなことはなかったのでしょうが、現在販売されているピアノではプロ仕様のモノでも上記のような傾向はみられるようです。
2 カワイ 1927年創業。もともとヤマハから独立した世界第二位のピアノ生産メーカー。現在も、本社・工場共にヤマハと同じ浜松にあり、当然ながら相当これを意識した経営を行っているようです。ただ、規模としてはヤマハよりは相当小さく、これまでの累計生産台数は約250万台だそうです。(それでも世界第二位なのです。)ただ、ヤマハを意識するばかり、調整。調律はやや難しさがある、言い換えれば遊び心があると言われています。カワイの音は、ヤマハに比べると、ややくぐもった印象で、ヤマハの音に慣れていると、とくに高音で物足りなさを感じるかもしれません。しかし逆に低音域ではどっしり感が増すような気がします。なお、今回のコンクールでも使われた最高級モデル「シゲルカワイ」は問題点をしっかりと見直し、非常にバランスの取れた音作りができている、として高い評価を得ています。なお、この名前は同社前会長河合滋氏にちなんでいます。このピアノの開発に主導的役割を果たしたのがこの人だったそうです。
3 スタインウェイ 1853年創業。ハンブルクとニューヨークの2カ所に生産拠点を持ち、世界中で愛され続け、自他ともに「トプメーカー」として認めているメーカーです。累計生産台数は約60万台で、ヤマハやカワイには遠く及びませんが、とくにプロの演奏家や演奏会場には人気があります。例えば、日本のホールに設置されているピアノの約40%は同社のものだと言われています。歴史が長いわりに生産台数がさほど多くないことが示すように、主として高級製品を一台ずつ丁寧に生産していることが、幅広い支持を得ている要因でしょう。同社のピアノの音は、高音はキラキラと輝かしく、他方で低音はズシリと重厚さが際立ちます。また、中音域の「鳴り」も申し分なく、あらゆるジャンルの音楽に適したオールマイティさが特徴となっているのです。そのため、ジャズ・ミュージシャンにも同社のピアノを愛する人は少なくないのです。「鳴り」が良いということは、大きな会場でも十分に響かせる力があるということで、現代の演奏にマッチしたものだと言えるのかもしれません。逆に、日本の一般家庭のように狭い空間では少しうるさく感じられるかもしれませんね。なお、同社のピアノのペダルは、はじめて使用すると少し硬く感じるかもしれません。しかし慣れると、硬さがあるゆえに、ピアニストはペダルを踏み分ける(浅く踏んだり、深く踏んだり、ということ)という技を比較的使いやすくなるようです。
4 ファツィオリ 1981年イタリアで創業した新興メーカーですが、近年、急速にプロのピアニストの支持を拡大させています。年間120台ほどの高級ピアノのみを生産しており、その高価さゆえに、一般のアマチュア・ピアニストやクラシック・ファンに手を出せるようなものではありませんが、一台一台手作りで丁寧につくられる生産工程も、プロの演奏家を魅了しているようです。その音の特徴は「明るさ」「派手さ」「艶やかさ」などと表現されており、まあ、イタリアらしいと言ってしまえばそれまでなのですが、大きなコンサート会場で聴くと、とても説得力のある響きがするようです。一方で、透明感のあるクリアな高音も魅力で、スタインウェイ等よりもすっきりした印象を与えるとも言われています。ただ、日本に入ってきているピアノは台数も少ないため、私自身はテレビやインターネット等で聴いた経験しかありません。
5 ベヒシュタイン 1853年ドイツで創業。スタインウェイと並ぶ老舗メーカーですが、とくに、リストやドビュッシーといった作曲家に愛されたことで知られています。その理由は、この二人の作風にヒントがあります。彼らのつくった曲の中には、非常に音数の多いものがたくさん見られます。細かい音がたくさん並んでいて、楽譜が真っ黒に見えてしまうほどなのです。こうした曲を綺麗に演奏するには何が必要でしょうか。それは「音の粒立ちの良さ」です。これをピアノ製造の技術面によって成り立たせるには、鍵盤に指が触れた時の音の立ち上がりが早く、なおかつ、音の減衰が早い、ということが必要になります。このことに心を砕き、「同時にたくさんの音が鳴っても、決して濁らない音作り」をコンセプトに当時から今日まで製造を行ってきたのが同社なのです。スタインウェイのように遠くまで音を響かせることよりも、たとえ強い音でなくても、クリアで一音一音が聴きとりやくなるようにすることこそが、その基本なのです。ですから、どちらかというと大きなコンサートホールよりもサロンのようなところでの演奏に向いているのかもしれません。
そうした事情があるからでしょうか。近年では国際コンクールの舞台からは撤退していたのですが、今回のショパン・コンクールには久しぶりに参戦してきました。そこにどのような背景があったのかは定かではありませんが、ドイツの人々は大きな期待を寄せているようです。
さて、本当はここからが今回本当に書きたかったことです。つまり、今回のコンクールで各メーカーのピアノがどのように使われたのか、という点です。しかし、5社の紹介に字数を費やしすぎたようです。やむをえませんが、この続きは次回に回したいと思います。引き続き、ご講読いただければ幸いです。
今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。