明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常164 年末はなんだか慌ただしい

こんにちは。

 

クリスマスも過ぎ、いよいよ今年も押し迫ってきました。この時期になると、毎年なんだかあわただしく感じてしまうのはしょうがないのかもしれませんね。

「今年中にあれをやっておかないと・・・」

「できればあの仕事は年をまたぎたくないなあ」

そんな気持ちになるのは何故でしょうか。別に、年が改まったからと言って、何かが大きく変化するというわけではないのに。

私の父は昔銀行員だったのですが、その頃、各支店や営業部での合言葉は「めざせ、紅白歌合戦」だったそうです。といっても、銀行勤めの皆さんが全員あの番組をどうしても見たかったわけではありません。当時紅白歌合戦は21時から始まっていたのですが、なんとかそれまでにすべての仕事を終わらせよう!というのがこの合言葉の意味するところだったのです。コンピュータによる処理などほとんど普及していなかった頃ですから、銀行窓口は現金取引が中心になり、年末に集金等を終えた業者が銀行に預けに来るため、どうしても店内は紙幣と硬貨がいつもより相当多く積み上げられてしまいます。そして、その総額と帳簿を照合していくのが大変な作業で、1円でも齟齬があれば、その原因が判明するまで、帰宅できなかったのですから、当時の「できるだけ早く帰宅したい」という思いはかなり切実だったでしょう。

実際、父の帰宅が「紅白」を越えて「ゆく年くる年」の頃になったこともあります。以前、「1円ぐらいポケットから出して、間違いがなかったことにしてしまわないの?」と聞いたことがあります。父は苦笑いするだけでしたが・・・

まあ、それは冗談としても、なぜどうしても年末に数字をピタリと合わせなければならないのか、多少は年始に持ち越してもかまわないのではないか、と子供心に思ったものです。

 

結局、年末にあわただしくするのは「正月はゆっくりしたい」と思うからですよね。でも、実際には逆に時間を持て余してしまい、とくに興味のないテレビ番組を何となく見ている、という人が多いような気がします。そして、1月1日の夕方には早くも家でゴロゴロするのに飽きてしまい、外出することになります。しかし、初詣以外にはとくに行きたいところはなく、「そういえばおせち料理以外のものが食べたいなあ」などと思いついて、ラーメン屋やファースト・フードの店を覗く人も少なくないようです。(実際、この日の夕方のラーメン屋は驚くほど混みあっているそうです。)

結局のところ、私達にとって、いつもの日常生活がいちばん居心地が良い、ということの表れかもしれませんね。

なんだか否定的な書き方をしてしまいましたが、正月にゆっくりすること、そのために年末に少しがんばる、ということ自体は悪いことではないと思っています。そうしたことをきっかけに、過ぎ去った一年とこれからの一年に思いを馳せるのはとても大事なことだと思うからです。つまり、そういう「節目」を意識するのは大きな意味があるのです。

私自身は、今年は白内障の手術などがあり、相変わらず健康面ではなかなか絶好調というわけにはいきませんでしたが、それでも何とか平常運転のスタンスで年を越せそうだ、と少しほっとしているところです。

社会を見渡すと、今年は、相変わらずのコロナ禍とロシアによるウクライナ侵攻に明け暮れた一年でしたが、来年は、少しでも明るい光が見える年になるといいですね。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

多分、年内の投稿は今回で最後になります。新年は、新たな気持ちでこのブログを続けていくつもりですので、よろしければ、またおつきあいください。

末筆になりましたが、2023年が皆さんにとって幸多い年となることをお祈りします。

京都・岡崎神社のうさぎ達