明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常59 「街の洋食屋さん」のこと

こんにちは。

 

皆さん、コロナ感染者数が下火になってきている最近ですが、外食とかに出かけておられますか? まだまだ多人数での宴会は自粛傾向にあるようですし、早々と忘年会・新年会の中止を決めている職場も少なくないようですが、少人数での外食や飲み会はかなり復活しているような感じですね。ここまで頑張ってこられている外食業界の方々を応援する意味でも、そして自分自身がリフレッシュするためにも、少しはこういう機会を増やしてもいいのかな、と思います。

 

今回は、そんなことに関連する話題です。

皆さんはいわゆる「街の洋食屋さん」あるいは「街中華と呼ばれるような店を利用されることはあるでしょうか。街中にひっそりとたたずむ、数十年も前から営業しているようなお店です。だいたい、こういったお店は特別のメニューがあるわけではなく、出てくるのはありふれた料理ばかりです。そして値段はきわめて手ごろ。店構えや内装は決してお洒落というわけではないけれど、きちんと掃除が行われていて、古びた中にも清潔感が感じられる。そんなお店が、私の住む街にはけっこうたくさんあります。

先日、そんな店の一軒を訪れたのですが、私が入店する直前に一組の老夫婦が入っていかれました。ご主人の方はかなり足が悪いらしく、店の入り口にある2段ほどの階段を上るのさえも、大変苦労しておられましたが、転倒することもなく、何とか無事店内に入っていかれたのです。でも、そこからの動きは素早かったようです。私の席とは少し離れていたので、詳しく観察したわけではありませんが、いかにも慣れた雰囲気で着席すると、メニュー選びに迷うこともなく、素早く注文しておられました。おそらく「いつもの・・」という感じでの注文だったのでしょう。そして、私が食事を終える頃には、とっくに席を立っておられていました。

その店は同じ場所で60年近くずっと営業し続けている洋食店で、メニューも昔ながらの洋食ばかりです。つまり、いわゆる高齢者向けのメニューは一切ありません。それでも、こんな常連さんが足しげく通ってくるのです。繰り返しますが、全然バリアフリー対応になっていないにもかかわらずです。

こんな風に、近くに住む人に、そしてその街に愛され続けている店って、本当に良いな、と思います。こういうところに共通するのは、ドレッシングやソースに決して手を抜いておらず、ちゃんとオリジナルのものを使っていること、そしてトイレがいつも丁寧に掃除されていることでしょうか。長く愛され続けるには、こうした細かいところに気を配れないと駄目なのでしょうね。(余談ですが、私はいわゆる「すごく汚いけれど、旨い」という店の存在をあまり信用していません。「汚さ」の質にもよるのですが、清潔感の伴わないような店は、それだけで食べる気が失せてしまうのです。個人的な偏見からしれませんが。)

こうした店にはいつも多くのお客さんが集まってきます。すると、お客さん同士、そして店員さんとお客さんの間で会話が生まれ、それが店の雰囲気を盛り上げてくれます。それは、一見客(はじめてその店に来た客)にとっても決して敷居の高いものではなく、むしろ暖かい雰囲気で包んでくれる心地よさがあります。さらに言うなら、こうした店の中には、店主催で色々なイベント開催するなど、情報発信の場としても機能しているところもあります。

ミシュランで星を獲得するような高級フレンチはもちろん素晴らしいでしょう。コスト・パフォーマンスと安定感を考えるなら、全国展開のファミリー・レストラン・スタイルのお店も悪くないかもしれません。(最近の外食産業各社はメニュー開発に非常に力を入れているのは事実です。例えば、サイゼリヤなど、なぜあの価格であのクオリティのものを出せるのか、本当に驚異的です。ミラノ風ドリアにシーザーサラダ、プチフォッカつけて、グラスワインを1杯頼んでも900円にしかならないって、やっぱり凄いとしか言いようがありません。)

でも、昔から街並みに溶け込んでいるような、落ち着ける、そして長く通い続けられるお店を大事にしていきたいものですね。私は、これまた大切な「文化」だと思うのです。

 

今回も、最後まで読んでくださって、ありがとうございます。