明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常152 足立美術館の偉大さ

こんにちは。

 

さて、今回は前々回に引き続き、山陰に出かけた際に感じたことの3回目です。そして、今回取り上げるのは、島根県安来市にある足立美術館です。

安来市といってもピンとこない方も多いかもしれませんが、「安来節」の発祥の地だと言われれば、「そういえば聞いたことのある地名だな」と思われるのではないでしょうか。

「どじょうすくい」の滑稽な振り付けで有名な安来節ですが、もともとは日本海側の各地域に伝わるいくつかの民謡をルーツとしたもので、現在は家元制度を確立して、正調の民謡として伝承されています。また、全国に広がったのは、その滑稽な踊りに目を付けた大正時代の大阪の興行師(吉本興業)が寄席興業の中で使ったのに続き、東京(主に浅草)でも寄席を盛り上げるためのものとして盛んに取り上げられたことをきっかけとしているそうです。

しかし、正直なところ、その他には安来市に大きな特徴や有名な観光地があるわけではありません。JRの駅こそ近年リニューアルされたようで、木材をふんだんに使った瀟洒な駅舎となっていますが、一歩外に出ると、飲食店や土産店なども数えるほどしか見当たりません。

足立美術館は、ここから送迎バスで20分ほど走った鷺の湯温泉というこじんまりした温泉に隣接して、1万坪あまりの広大な敷地に建てられています。そして、決して交通の便が良いとか周辺に有名観光地があるというわけではないのですが、毎年約20万人もの人が訪れる、島根県を代表するスポットとなっているのです。

美術館が観光スポットになるという例は、倉敷市大原美術館金沢市21世紀美術館など、他にもありますが、ここはとくに外国人観光客の人気、評判が大変高いことで、注目されているのです。

ここに収められているのは主に日本画で、とくに横山大観のコレクションは日本でも指折りのものだそうです。また、北大路廬山人の作品も多数収蔵しています。また、私が訪れた時には、特別展として、竹内栖鳳上村松園富岡鉄斎など、明治期に活躍した高名な日本画家の作品も展示されていました。いずれも大変見応えのあるもので、これらをゆっくり見ていると、いくら時間があっても足りないぐらいでした。とくに、横山大観の絵には、額縁の枠に収まりきらない広がりを感じられるものばかりで、見る人の想像力を大いに掻き立ててくれますね。

しかし、この美術館を有名にした大きな魅力は、こういったコレクションだけにあるわけではありません。広大な敷地を利用して作られた日本庭園が、国内外の注目を集めているのです。遠くに見える山々を借景にした庭園は、日本庭園の伝統にのっとったものですが、とにかく敷地が広大なので、その絶景は見る人を圧倒します。



例えば京都の寺院にある庭園の多くは、狭い敷地をいかにして少しでも広く見せるのかということに心を砕いて作庭されています。借景というテクニックもその中から生まれたものです。しかし、ここの庭園は少し様相が異なります。面積の広さを十分に活かした、どこまでも広がるかのような庭園は、こういった面の知識を持ち合わせていない鑑賞者をも、無条件に感動させます。そこに「この石は何を表しているのか」などといった哲学的な問いかけや説明は不要なのです。

また、下の写真のように、窓を通して庭園を眺めると、それ自体がまるで絵画のように見える、という心憎い演出も用意されています。


この庭園と美術館を作ったのは、地元出身の実業家であった足立全康(1899~1990年)という人物です。大阪に出て繊維業や不動産業で大成功を収めた人ですが、若い時から「いつか、地元に日本一の庭園を備えた美術館を作りたい」という願望を抱いていたそうで、1970年にこの美術館を開設しています。また、その過程で、作庭にも色々とアイデアを出し、石や樹木の配置など細かな指示を出していたようです。

この美術館を見て回っていると、単純に「ずいぶん儲けたんだなあ」という下世話な感想も浮かんできてしまいます。しかし、この人自身が計画や運営にかなり力を入れていたことから、単なる「成金者の道楽」ではないことは明らかです。(もちろん、庭園や日本画が好きだった、ということが前提にあることは当然ですが)それよりも、貴重な観光資源として全国、そして世界中から人を呼び寄せるような美術館を生み、育てたということで、地元への貢献は計り知れないものと言えるでしょう。

地域貢献という言葉は、昨今さまざまなところで使われます。学生たちで地元への就職を考えている人の多くも、その志望動機として「地域貢献したい」という言葉を当たり前のように使っています。(以前、就職支援コンサルタントの方から聞いた話ですが、地元の企業や銀行にエントリー・シートを出す学生の中で、この言葉を使う者があまりにも多いので、最近はこれをNGワードとして指導しているとのことでした。…余談です)そしてたいていの場合、それは「自分のできることからコツコツと」というイメージをもっているような気がします。もちろん、それ自体は否定したり、非難したりするべきものではありません。しかし他方で、今回紹介したような、その人にしかできない、こんな形での貢献の仕方もあるのだな、と考えさせられた次第です。

 

今回も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。