明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常

元大学教員が綴るこれまでの経過と現在 。なお、入院と本格治療の経験については、00から34あたりまでをお読みください。 。

明日を生きる多発性骨髄腫患者の日常223 日大の違法薬物問題を考える

こんにちは。

 

今回は、最近話題となっている事柄について少々持論を。

日本大学アメリカンフットボール部における学生の違法薬物事件が、連日大きく取り上げられています。しかし報道の多くは、理事会をはじめとする大学側の対応のまずさ、危機管理能力のなさといった点に焦点が当てられています。

たしかに、報道されている内容を見る限り、理事会あるいは一部の理事の対応はあまりにもずさんかつ稚拙で、「そんな対応で乗り切れると本気で思っていたのか?」と不思議にさえ思ってしまいます。また、事件とはまったく無関係の一般学生への配慮、サポートの具体的な姿が全くと言って良いほど見えてこないことに、元大学教員という私の立場からは、とても不安に感じます。もともと、日本大学は16もの学部を有し、在学者数は約75000名にも上るマンモス大学です。さらに言うなら、ほとんどの学部はそれぞれ地理的に離れたキャンパスに設置されているため、全体がひとつの大学としての一体感をもっているのかというと、疑問を持たざるを得ません。もっと小規模な大学と比べるとかなり様相は異なるのです。それでも、「日本大学」というブランド・イメージを大事にしている学生や教職員は多いでしょうし、アメフト部の問題が自分とはまったく無関係だと言っても、何かしらの苛立ちや不安感をもつ人が多くても不思議ではありません。(就活への不安を感じている学生も少なくないようですね。)

ただ、この問題、肝心の事件そのものにあまり焦点が当てられていません。つまり、大学生が違法薬物に手を出すという事件が増えていることそのものから出発した問題提起が十分ではないように思うのです。

厚生労働省の発表資料によると、ここ数年、違法薬物使用による検挙人数は、さほど大きく変化していないようです。ただ、例えば大麻事犯における30歳以下の検挙人数を見ると、30歳以下の検挙者が明らかに増加しており、全体の約70%にも達しようとしています。そしてこのうちの20歳未満の割合は約25%となっていますが、この値も徐々に増加しているのです。

違法薬物検挙件数の推移(厚生労働省ホームページより)

大麻事犯における30歳以下の検挙者数推移



大学生をはじめとする20歳前後の若者の周囲には、さまざまな誘惑が渦巻いており、好奇心旺盛で、しかもまだ「世の中の仕組み」を十分に理解していない彼らが、どこかで落とし穴にはまってしまうことは決して少なくないということが、この数字を見ただけでも明白です。もちろん、誘惑は薬物(ドラッグ)だけではありませんが。

私のような世代になると、「誘惑と言っても、そんなもの、どうやって入手するのだ?」と素朴に疑問を抱いてしまうのですが、インターネットを物心ついた時から使っている彼等にとっては、それも造作もないことのようです。相手の見えない商品取引は、売り手にとっても買い手にとっても、比較的安心して使えるツールであることは説明の必要などないところでしょう。(ただし、証拠は残ってしまうリスクがありますが)

関西にある私立四大学(関西大学関西学院大学同志社大学立命館大学)が2023年に行った合同調査によると、大学生のおよそ4割が、大麻覚せい剤などの危険な薬物が入手可能と考え、約10人に1人が使用している人を直接見た経験があると回答しています。また、薬物使用に関しては、89.4%の学生が「どのような理由であれ、絶対に使うべきではないし、許されることではない」と回している一方で、「1回位なら使ってもかまわない」「使うかどうかは個人の自由」と考えている学生も一定数存在しているようです。また、上にも書いたように、友人・知人を介して勧められることもあるでしょうし、自分では違法薬物と知らずに接種してしまうこともあるかもしれませんから、この89.4%という数字も「絶対安全」なわけではありません。

言うまでもないことですが、違法薬物にはまってしまうと、本人の健康状態や経済状態に大きな支障を来してしまいますし、周囲にも大きな迷惑をかけることになります。また、それが暴力団やその関連企業等の反社会的勢力にとって最大の収入源となっていることも周知の事実です。つまり、「やりたい奴が自己責任でやるのだったら、それをとやかく言う必要はない」等とは言っていられない大きな社会問題が、この違法薬物問題なのです。そして、30歳以下の若い世代がその「カモ」としてターゲットにされているのです。ここで彼らが道を誤った場合、下手をするとそれは一生ついてまわる問題になってしまうのですから、周囲のサポートは必要不可欠と言えるでしょう。

では、大学はこの問題にどのように対処すれば良いのでしょうか。いわゆる危機管理の問題なのですが、それは大きく分けて、「事件が起きないようにする」対策と「起きてしまった場合にどうするのか」という対策とに分けられます。ここからは、教員としての経験を踏まえての私見です。

まず、事前の対策としては、とにかく学生との密なコミュニケーションを図り続けることです。最近は、どこの大学も出欠チェックをかなり厳しく行うようになりましたので、まったく大学に出てきていない学生が完全に放置されてしまうことは減っていると思いますが、それでも、高校生の時のような担任制度がある大学は数少なく、普段の学生の行動をどこまで把握できているかというと、あやしいものです。教員は、定期的に担当する学生と直接対話する機会を設け、その結果を記録として残しておくべきなのです。いわば「学生のカルテ」を作るのです。

もっとも、教員の中には、こうした仕事に消極的な人も少なくありません。そもそも大学教員の大半は「学生を教育する」ことよりも「自分の研究に専念する」ことに大きな関心があり、学生との付き合いはできれば最小限にしておきたいと考える人も決して少なくないのです。こうした状況に対しては根本的な意識改革が必要ですし、カウンセラーとしての能力を身につけるための研修も必要でしょう。もちろん、これは教員の仕事を増やすことになります。だからこそ、大学側の促進、支援策が必要となるのです。学生は大学の中で「居場所」を求めています。それは部活やサークル、ゼミ、図書館等さまざまあるでしょうが、個人的には、教員研究室がそのひとつになるのも悪くないと思っています。

第二に、事後の対策について。これにもっとも効果的なのは、理事長或いは学長といった学内で最高の権力を持つ人の下に直轄の対策委員会をつくり、理事会や教授会といった既存組織の決定や指示を待つことなく、迅速・機動的に対処に当たるようにすることでしょう。これは必ずしも常設の委員会である必要はありませんし、5名程度の少人数で十分です。ただ、医師や弁護士、カウンセラー等専門的見地から仕事に当たることのできる外部人材を登用することは絶対に必要です。そして、途中段階で横ヤリが入らないようにするためにも、既存組織とはまったく切り離して動けるようにしなければならいのです。

大学は、あくまで研究・教育機関ですし、学生の本分は勉強することです。それ自体は、どんなに時代が変化しても普遍です。しかし、自分が育った時代と現代の学生の気質、生活パターンが大きく変わっているのならば、それへの対処を適切に行っていかなければ、大学は本来の役割を果たすこともできなくなるのです。一昔前のように、「大学内部のことは大学内部で解決する」ということは今や時代に合わなくなってしまっていることを、すべての大学関係者は認識しなくてはならないでしょう。

 

それにしても、生活習慣等自分にまったく原因が見当たらない病気に罹患してしまった私のような人間から見ると、わざわざカネを払って、自分の健康を害してしまう可能性のあるような薬物を接種する行為は、本当にばかげたものに思えてなりません。それとも、違法とわかっていてもこうした薬物に依存しなければ精神状態のバランスを保つことが困難になってしまう人が増え続けるほど、現代社会は病んでしまっているのでしょうか。

 

今回も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。